子犬のうんち

「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。
このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。」
(フィリピ2:6−9)

 クォン・ジョンセンさんの絵本『子犬のうんち』をご存じでしょうか?
 子犬のシロが塀の下に残したうんちが主人公の話です。
すずめや、道端に落ちた土くれや、ひよこやたんぽぽの芽に出会いながら、自分の姿を知らされ、落ち込んだり、勇気を与えられたり。最後はタンポポの芽に自らの存在を提供して、奇麗な花を咲かせていくというお話です。
 すずめから、自分が汚いものであることを知らされ傷ついたうんちが、土くれに出会いました。実は土くれには悲しい過去がありました。
日照りの日に、土くれに根を張っていたトウガラシの子どもを死なせてしまったことです。土くれはトウガラシの子どもが自分の身体の水気を吸い尽くしてしまうことを憎んだのです。
ところが、あるとき、土くれが運ばれていく途中、車から落ちてしまったのです。土くれは、トウガラシの子どもを憎み死なせた罰なのだと思いました。
そんな事を話していると、土くれは、向こうからやって来た車にひかれ、潰され死んでしまうのですが、死ぬ直前に、子犬のうんちに言うのです。
「この世に無駄なものなんて何ひとつないさ。お前もきっと何かの役に立つよ」
 この言葉をもらったうんちは、その言葉を心で繰り返し、最後にタンポポの芽と出会って、自らを肥やしとして捧げて花を咲かせていくのです。
この絵本を読むと、いつもイエスさまのことが心に浮かぶのです。
この絵本、ナザレ児童図書にあります。再開された後、一度、手に取って読んでみてください!

いってらっしゃい。

牧師 松本雅弘

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