倒れても起き上がれ
「主はこう言われる。倒れたら、起き上がるのではないだろうか。背いたら、立ち帰るのではないだろうか。どうして、この民エルサレムは背く者となり いつまでも背き続けているのか。」 (エレミヤ書8章4-5節)
朝の連続テレビ小説で、戦争中、傷ついた人々の心を音楽の力で勇気づけようとした福島出身の作曲家の物語を放映していました。終戦直後の焼け野原の中で、家族を支えてきた母親が、思い出の詰まった我が家が瓦礫となった場所で茫然と立ちつくすシーンがありました。悲しみとか悔しさが入り混じる中で、「うるわしの白百合」という賛美歌を歌いはじめた。ゆりの花はキリスト教で「天国の花」「純潔」、そして主イエスの母マリアの象徴でもあります。ドラマでは瓦礫の町にたたずみ、いつもの平穏な生活にもどろうと立ち上がる、一人の女性の強さ麗しさを描いていましたが、イエスさまの母という波乱に満ちた人生を送ったマリアと重なりました。 預言者エレミヤは「倒れて、起き上がらない者があろうか。離れて、立ち帰らない者があろうか」と問いかけます。神様に背をむけたことによって、イスラエルの民は打ちのめされました。人は倒れても、また起き上がることができます。倒れてそのままでいるわけにはいきません。エレミヤの言葉の背後には「倒れても、起き上がってほしい。神から離れても、立ち帰ってほしい。主なる神は待っておられるから」という願いが込められているのです。倒れても起き上がれ、主はいつも、いつまでも待っている。その御心を忘れずにいたいと思うのです。
《祈り》神さま、この私が打ちのめされた時、顔を上げることができませんでした。しかし、ようやく目を上げた時、あなたの声が聞こえたのです。あなたは見つめてくださっていた。倒れた時から私を見守ってくださっていた、その眼差しに感謝いたします。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名:高座教会 連絡先:info@koza-church.jp 住所:大和市南林間2−14−1
朝の連続テレビ小説で、戦争中、傷ついた人々の心を音楽の力で勇気づけようとした福島出身の作曲家の物語を放映していました。終戦直後の焼け野原の中で、家族を支えてきた母親が、思い出の詰まった我が家が瓦礫となった場所で茫然と立ちつくすシーンがありました。悲しみとか悔しさが入り混じる中で、「うるわしの白百合」という賛美歌を歌いはじめた。ゆりの花はキリスト教で「天国の花」「純潔」、そして主イエスの母マリアの象徴でもあります。ドラマでは瓦礫の町にたたずみ、いつもの平穏な生活にもどろうと立ち上がる、一人の女性の強さ麗しさを描いていましたが、イエスさまの母という波乱に満ちた人生を送ったマリアと重なりました。 預言者エレミヤは「倒れて、起き上がらない者があろうか。離れて、立ち帰らない者があろうか」と問いかけます。神様に背をむけたことによって、イスラエルの民は打ちのめされました。人は倒れても、また起き上がることができます。倒れてそのままでいるわけにはいきません。エレミヤの言葉の背後には「倒れても、起き上がってほしい。神から離れても、立ち帰ってほしい。主なる神は待っておられるから」という願いが込められているのです。倒れても起き上がれ、主はいつも、いつまでも待っている。その御心を忘れずにいたいと思うのです。
《祈り》神さま、この私が打ちのめされた時、顔を上げることができませんでした。しかし、ようやく目を上げた時、あなたの声が聞こえたのです。あなたは見つめてくださっていた。倒れた時から私を見守ってくださっていた、その眼差しに感謝いたします。
牧師 和田一郎
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