ガラシャの『神の時』
「そこで、イエスは言われた。『私の時はまだ来ていない。しかし、あなたがたの時はいつも備わっている。』」 (ヨハネによる福音書7章6節)
イエスさまが言われた、「わたしの時・・・あなたがたの時」とは「神の時」であり、神さまからの使命を自覚したところから生まれます。私たちは小さい時から、人の反応を気にしながら生きるように慣れています。周囲の反応を見ながらタイミングを見ています。しかし、世の中と調子を合わせたタイミングと、神さまの目から見た「時」とは違います。 細川ガラシャという戦国時代を生きたキリシタンの女性は、神さまに与えられた自分の使命を果たす「時」を知っていました。天下分け目の関ケ原の戦いで、夫の細川忠興は徳川方についていました。夫が出陣した留守の細川家を石田三成の兵が取り囲み、細川ガラシャ夫人を人質として差し出すように要求したのです。ガラシャは自分のことを深く愛してくれている夫への愛と、信仰をまっとうするために、これを最期の「時」と受け止めたのです。キリシタンは自害することを禁じていましたから、家臣に槍で突かせて屋敷を火薬で爆破しました。この壮絶な死にざまを知った石田三成は、驚いて他の武将の人質をとることを止めました。この一件が各地に瞬く間に広がり石田三成への反感が高まったと言われています。人質をとって味方を確保することに失敗したことから始まって、関ケ原の戦いで徳川方に勝利を導いた一因としてガラシャの死があったとも言われています。 「神の時」とは、神さまから与えられた役割を発揮する「時」です。私たちにはそれぞれの「神の時」があります。日々の生活の中で「神の時」を意識していきましょう。
《祈り》主よ、私の思いとあなたの思いは違います。私が行こうとする時に止め、止まろうとする時に行くように促します。しかし、私が果たすべき役割はあなたが与えてくださいました。私の最善を知ってくださる主よ、あなたに従うことができますように。
牧師 和田一郎
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
イエスさまが言われた、「わたしの時・・・あなたがたの時」とは「神の時」であり、神さまからの使命を自覚したところから生まれます。私たちは小さい時から、人の反応を気にしながら生きるように慣れています。周囲の反応を見ながらタイミングを見ています。しかし、世の中と調子を合わせたタイミングと、神さまの目から見た「時」とは違います。 細川ガラシャという戦国時代を生きたキリシタンの女性は、神さまに与えられた自分の使命を果たす「時」を知っていました。天下分け目の関ケ原の戦いで、夫の細川忠興は徳川方についていました。夫が出陣した留守の細川家を石田三成の兵が取り囲み、細川ガラシャ夫人を人質として差し出すように要求したのです。ガラシャは自分のことを深く愛してくれている夫への愛と、信仰をまっとうするために、これを最期の「時」と受け止めたのです。キリシタンは自害することを禁じていましたから、家臣に槍で突かせて屋敷を火薬で爆破しました。この壮絶な死にざまを知った石田三成は、驚いて他の武将の人質をとることを止めました。この一件が各地に瞬く間に広がり石田三成への反感が高まったと言われています。人質をとって味方を確保することに失敗したことから始まって、関ケ原の戦いで徳川方に勝利を導いた一因としてガラシャの死があったとも言われています。 「神の時」とは、神さまから与えられた役割を発揮する「時」です。私たちにはそれぞれの「神の時」があります。日々の生活の中で「神の時」を意識していきましょう。
《祈り》主よ、私の思いとあなたの思いは違います。私が行こうとする時に止め、止まろうとする時に行くように促します。しかし、私が果たすべき役割はあなたが与えてくださいました。私の最善を知ってくださる主よ、あなたに従うことができますように。
牧師 和田一郎
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/

