やり直せる社会が必要だ
「五十年目の年を聖別し、その地のすべての住民に解放を宣言しなさい。それはあなたがたのためのヨベルの年である。」 (レビ記25章10節)
人は誰もが不完全、やり直せる社会が必要だ。 旧約聖書レビ記25章には、50年に一度、全住民に「ヨベルの年」という解放の年が定められていました。50年に一度ですから、一生に一度はやって来るだろうという周期ですね。この「ヨベルの年」がくると、奴隷にされた人々は解放され、先祖伝来の故郷に帰ることができました。また、借金によって奪われた土地も、もともと持っていた人に返されたのです。貧富の格差は親から子へと、世代を超えて拡大して行きますが、「ヨベルの年」は50年に一度、借金が帳消しになる、やり直しがきく制度でした。 西暦2000年を前にして、貧しい国の債務を帳消しにしようと「ジュビリー2000」という運動が起こりました。ジュビリーとは「ヨベルの年」のことです。例えば、アフリカのザンビアでは、年間の教育費予算の5倍が先進国の借金返済額でしたが、それが解消されました。先進国のわずかな犠牲で、貧しい国が守られた例です。1999年のケルンサミットでは、11兆円の債務帳消しが実現しました。 ヨベルの年は、貧しい人が借金に悩んでいても、もう一度やり直すチャンスを与えてくれます。聖書はお金の貸し借りについて語る時、一貫して厳しく取り立てることに自制を求め、慈悲深く配慮することを求めています。モーセの十戒に「盗んではならない」という第八の戒めがありますが、その人が自由にできるはずのものを奪い取ることは、盗みに他ならないのです。富を分かち合おうとする社会では、おのずと貧しい人へ心を向けるようになっていきます。誰かを貧困という束縛された檻に押し込めているとしたら、その社会は人間の自由を盗んでいることになるのです。
《祈り》主よ。私には返済不能な借金がありました。罪を犯す「負い目」という借金です。善い行いをして返済しようと思うのですが、不完全な私には返すことができないので、どうしても返済が追い付きませんでした。ですから、あなたの赦しが必要だったのです。返済不能な私の負い目を赦してくださり、心より感謝申しあげます。
牧師 和田一郎
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発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
人は誰もが不完全、やり直せる社会が必要だ。 旧約聖書レビ記25章には、50年に一度、全住民に「ヨベルの年」という解放の年が定められていました。50年に一度ですから、一生に一度はやって来るだろうという周期ですね。この「ヨベルの年」がくると、奴隷にされた人々は解放され、先祖伝来の故郷に帰ることができました。また、借金によって奪われた土地も、もともと持っていた人に返されたのです。貧富の格差は親から子へと、世代を超えて拡大して行きますが、「ヨベルの年」は50年に一度、借金が帳消しになる、やり直しがきく制度でした。 西暦2000年を前にして、貧しい国の債務を帳消しにしようと「ジュビリー2000」という運動が起こりました。ジュビリーとは「ヨベルの年」のことです。例えば、アフリカのザンビアでは、年間の教育費予算の5倍が先進国の借金返済額でしたが、それが解消されました。先進国のわずかな犠牲で、貧しい国が守られた例です。1999年のケルンサミットでは、11兆円の債務帳消しが実現しました。 ヨベルの年は、貧しい人が借金に悩んでいても、もう一度やり直すチャンスを与えてくれます。聖書はお金の貸し借りについて語る時、一貫して厳しく取り立てることに自制を求め、慈悲深く配慮することを求めています。モーセの十戒に「盗んではならない」という第八の戒めがありますが、その人が自由にできるはずのものを奪い取ることは、盗みに他ならないのです。富を分かち合おうとする社会では、おのずと貧しい人へ心を向けるようになっていきます。誰かを貧困という束縛された檻に押し込めているとしたら、その社会は人間の自由を盗んでいることになるのです。
《祈り》主よ。私には返済不能な借金がありました。罪を犯す「負い目」という借金です。善い行いをして返済しようと思うのですが、不完全な私には返すことができないので、どうしても返済が追い付きませんでした。ですから、あなたの赦しが必要だったのです。返済不能な私の負い目を赦してくださり、心より感謝申しあげます。
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