ふぞろいに、まとまっている

「働きにはいろいろありますが、すべての人の中に働いてすべてをなさるのは同じ神です。」 (コリントの信徒の手紙一 12章6節)
 農家の軒先にある野菜の直売所が好きでよく立ち寄ります。ほとんどは無人販売で、目の前の畑で採れた野菜たちが並んでいるという分かりやすさと、農家さんの生活を垣間見られるので好きなのです。スーパーに行けば「訳あり ふぞろい野菜」と規格外の野菜たちは、安くたたき売られてしまうのですが、農家の直売所は「ふぞろい」が当たり前。規格外の野菜はない。おなじ畑から産まれた野菜たちも、日差しの加減や畑の位置によって形も大きさも違う、それが自然。自然そのものの「ふぞろいの野菜たち」が、みんな生き生きと農家の軒先に並んでいる。  イエスさまの弟子たちも、なんとも「ふぞろいな使徒たち」でした。初代教会の面々は、漁師や取税人だった十二弟子はもちろん、律法学者だったパウロやイエスさまの兄弟ヤコブ(おそらくイエスさまと同じ大工であったでしょう)など、多種多様な人達の働きによって教会を支えていきました。きっと多種多様な教会だったでしょう。どの教会も、ふぞろいな教会だったのです。それぞれの賜物が生かされる教会でした。人々はふぞろいでも、同じ神さまを信じる者たちが集まっていました。つまり自分とは違う考えの人でも神さまは受け入れてくださっていると受け止めていたのです。ふぞろいな人間すべてを受け入れてくださる神さまに従って、私たちは違う意見の持ち主たちとも、どこかで一致することが求められているのです。  農家の軒先でふぞろい野菜たちを見かけたら、「教会みたいだ」と思い出してください。
《祈り》主よ、私と共に働くあの人は、あまりにも私とやり方が違います。物事の見方が違うようです。しかし、あなたの目には、どちらも高価で尊いと見てくださる。あなたが尊いと愛するものを、私は敬います。
牧師 和田一郎
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