【聖書について①】(信仰の基本シリーズ1)
(全7シリーズ 各3回 月曜-水曜)
「聖書はすべて神の霊感を受けて書かれたもので、人を教え、戒め、矯正し、義に基づいて訓練するために有益です。」 (テモテへの手紙二3章16節)
あなたは神さまの声を聞いたことがありますか?モーセのような預言者たちは、直接神さまの声を聞くことができましたが、現在は、別のかたちで聞くことができます。それが「聖書」です。聖書は神様が私たちに「啓示」された書物です。啓示とは、神さまがご自分の真理を明らかに示されることです。それを聖書の著者が「神の霊感」を受けて書き表し、まとめられて現在の『聖書』となりました。著者たちが聖霊に満たされて、神の御心を書き記すようにされたのです。 テモテへの手紙にある「義」とは「正義・正しい」ということですから、聖書と向き合うと、自分が今、正しい道を歩んでいるかどうかを見極めて鍛錬できるというのです。ですから「聖書」を人生の軸として、神の愛と教えに基づいて生きていただきたいと思うのです。なぜかというと、今、世界中が分断の時代、正義なき時代と呼ばれる時代にあるからです。世界中に自己中心で不寛容な価値観が急速に広がって、正義より共感が重視されるようになりました。残念ながら人間は簡単に道を逸れてしまいます。聖書は真理であるイエスさまについて書かれた揺るぎない「神の言葉」ですから、私たちの人生の唯一絶対のよりどころとなるのです。 イエスさまが三人の弟子を連れて、高い山に登られた時。イエスは真っ白な栄光の姿に変貌して旧約聖書に登場するモーセとエリヤと三人で語り会っていました。「すると雲の中から『これは私の子、私の選んだ者。これに聞け』と言う声がした。」(ルカ9:35)つまり旧約聖書の「モーセ五書」(創世記~申命記)、エリヤを代表とする「預言書」、そしてイエスさまの生涯と証しを記した「新約聖書」という旧新約全書について、「これに聞け」と言うのです。聖書は上から目線で「読んでやろう」というものではありません。「聞く」という謙虚な姿勢で読まなければ有益ではありません。聖書の言葉は、今、あなたに語られています。私たちに求められているのは、その言葉を真剣に「聞く」ことです。神さまの言葉を謙虚に聞く時、私たちは心を揺さぶられます、そして新しくされます。聖書を読んでも、別に変わらないという時は、聞く耳をもつように心がけてみましょう。
《祈り》主よ、心を騒がしているこの私を、聖霊で満たし、聞く耳をお与えください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
「聖書はすべて神の霊感を受けて書かれたもので、人を教え、戒め、矯正し、義に基づいて訓練するために有益です。」 (テモテへの手紙二3章16節)
あなたは神さまの声を聞いたことがありますか?モーセのような預言者たちは、直接神さまの声を聞くことができましたが、現在は、別のかたちで聞くことができます。それが「聖書」です。聖書は神様が私たちに「啓示」された書物です。啓示とは、神さまがご自分の真理を明らかに示されることです。それを聖書の著者が「神の霊感」を受けて書き表し、まとめられて現在の『聖書』となりました。著者たちが聖霊に満たされて、神の御心を書き記すようにされたのです。 テモテへの手紙にある「義」とは「正義・正しい」ということですから、聖書と向き合うと、自分が今、正しい道を歩んでいるかどうかを見極めて鍛錬できるというのです。ですから「聖書」を人生の軸として、神の愛と教えに基づいて生きていただきたいと思うのです。なぜかというと、今、世界中が分断の時代、正義なき時代と呼ばれる時代にあるからです。世界中に自己中心で不寛容な価値観が急速に広がって、正義より共感が重視されるようになりました。残念ながら人間は簡単に道を逸れてしまいます。聖書は真理であるイエスさまについて書かれた揺るぎない「神の言葉」ですから、私たちの人生の唯一絶対のよりどころとなるのです。 イエスさまが三人の弟子を連れて、高い山に登られた時。イエスは真っ白な栄光の姿に変貌して旧約聖書に登場するモーセとエリヤと三人で語り会っていました。「すると雲の中から『これは私の子、私の選んだ者。これに聞け』と言う声がした。」(ルカ9:35)つまり旧約聖書の「モーセ五書」(創世記~申命記)、エリヤを代表とする「預言書」、そしてイエスさまの生涯と証しを記した「新約聖書」という旧新約全書について、「これに聞け」と言うのです。聖書は上から目線で「読んでやろう」というものではありません。「聞く」という謙虚な姿勢で読まなければ有益ではありません。聖書の言葉は、今、あなたに語られています。私たちに求められているのは、その言葉を真剣に「聞く」ことです。神さまの言葉を謙虚に聞く時、私たちは心を揺さぶられます、そして新しくされます。聖書を読んでも、別に変わらないという時は、聞く耳をもつように心がけてみましょう。
《祈り》主よ、心を騒がしているこの私を、聖霊で満たし、聞く耳をお与えください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/

