もしやり直せるなら・・・
「見よ、わたしはあなたと共にいる。」(新共同訳) (創世記28章15節)
「もし私が父親をやり直せるなら・・・」のフレーズで各章がはじまる、子育て中の父親に向けた本があります。『若い父親のための10章』(ジョン M.ドレッシャー)。もし私が父親をやり直せるなら・・・とあるとおり、著者は子どもが幼かった日々を思い起こして「もしやり直せるのなら・・・」とその思いを書いている。今日はその中にある一つを紹介します。 「もし私が父親をやり直せるなら・・・もっと家族といっしょの時間をもちたい。 寝食をともにして同じ屋根の下に住んでいるのに、遠い世界に生きている人は決して少なくない。中学生の男子生徒の話しによると、父の顔を見るのは夕食の時間ぐらいだという。父親と息子が二人で過ごす時間は一週間で数分だという。 私は子どもの頃、父と過ごした時間を思い出す。一人でしていたことはほとんど覚えていない。父と公園へ、ピクニックへ、水遊びをした思い出は残っている。息子の子ども時代は二度と戻らない。私が父親をやり直せるなら、もっと家族と一緒の時間を過ごしたい・・・。 第二次世界大戦中、ヨーロッパで悲惨な体験をした子どもたちがアメリカに引き取られてきたそうです。恐怖の経験で心に傷を負ったあとでも、回復して正常な感覚を取り戻すことができたのは、家族との楽しい記憶をもっていた子どもたちであったという。 “共にいる“ ということはどういうことだろう。それは互いのために時間をもつということである。食事をすること。公園を一緒に歩くこと。互いに好意を示すことから幸せがやってくる。“共にいる“ とは、思いを一つに何かを一緒にすること。“共にいる“ とは、共通の思いや願いを話すこと。“共にいる“ とは、一日の終わりに "今日はみんな一緒で良かったたね" と言えること・・・」 「神は我々と共におられる」というのは旧新約の聖書全体を貫くメッセージです。 ヤコブは兄エサウから逃げていました。その原因はヤコブ自身にありました。兄を出し抜き、高齢の父イサクをだまして、相続権と祝福を横取りしていたのです。深い後悔と先の見えない不安を抱えて眠った夜「わたしはあなたと共にいる・・・決して見捨てない。」孤独の中で聞いた神の声でした。ヤコブは目を覚まし、神が共におられ、この旅を守って下さるとの約束に支えられて新たな一歩を踏み出したのです。
《祈り》何と励まされる言葉でしょう。私は「孤独だ」という思いをいつも抱えています。結局、人はみな自分勝手で、自分優先で、頼れる人などいないという思い。しかし、今も生きている主は私を放ってはおられない。主よ、私はここにいます。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
「もし私が父親をやり直せるなら・・・」のフレーズで各章がはじまる、子育て中の父親に向けた本があります。『若い父親のための10章』(ジョン M.ドレッシャー)。もし私が父親をやり直せるなら・・・とあるとおり、著者は子どもが幼かった日々を思い起こして「もしやり直せるのなら・・・」とその思いを書いている。今日はその中にある一つを紹介します。 「もし私が父親をやり直せるなら・・・もっと家族といっしょの時間をもちたい。 寝食をともにして同じ屋根の下に住んでいるのに、遠い世界に生きている人は決して少なくない。中学生の男子生徒の話しによると、父の顔を見るのは夕食の時間ぐらいだという。父親と息子が二人で過ごす時間は一週間で数分だという。 私は子どもの頃、父と過ごした時間を思い出す。一人でしていたことはほとんど覚えていない。父と公園へ、ピクニックへ、水遊びをした思い出は残っている。息子の子ども時代は二度と戻らない。私が父親をやり直せるなら、もっと家族と一緒の時間を過ごしたい・・・。 第二次世界大戦中、ヨーロッパで悲惨な体験をした子どもたちがアメリカに引き取られてきたそうです。恐怖の経験で心に傷を負ったあとでも、回復して正常な感覚を取り戻すことができたのは、家族との楽しい記憶をもっていた子どもたちであったという。 “共にいる“ ということはどういうことだろう。それは互いのために時間をもつということである。食事をすること。公園を一緒に歩くこと。互いに好意を示すことから幸せがやってくる。“共にいる“ とは、思いを一つに何かを一緒にすること。“共にいる“ とは、共通の思いや願いを話すこと。“共にいる“ とは、一日の終わりに "今日はみんな一緒で良かったたね" と言えること・・・」 「神は我々と共におられる」というのは旧新約の聖書全体を貫くメッセージです。 ヤコブは兄エサウから逃げていました。その原因はヤコブ自身にありました。兄を出し抜き、高齢の父イサクをだまして、相続権と祝福を横取りしていたのです。深い後悔と先の見えない不安を抱えて眠った夜「わたしはあなたと共にいる・・・決して見捨てない。」孤独の中で聞いた神の声でした。ヤコブは目を覚まし、神が共におられ、この旅を守って下さるとの約束に支えられて新たな一歩を踏み出したのです。
《祈り》何と励まされる言葉でしょう。私は「孤独だ」という思いをいつも抱えています。結局、人はみな自分勝手で、自分優先で、頼れる人などいないという思い。しかし、今も生きている主は私を放ってはおられない。主よ、私はここにいます。
牧師 和田一郎
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