目を覚まして生きる

「気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつであるか、あなたがたは知らないからである。」 (マルコによる福音書13章33節)
 私が住んでいた大和市の上和田団地の集会所に「もちより図書室」があり、母がそこから一冊の本を借りてきました。池波正太郎のエッセイ『食卓の情景』という本で、父が家でその本を手に取ってパラパラと読んでいたら、すっかり池波ワールドにハマってしまい、『鬼平犯科帳』『剣客商売』など100冊を超える池波本が私に引き継がれています。 作家・池波正太郎は東京の下町で育ち、母親に女手一つで育てられたので小学校を卒業するとすぐに株の仲買店に丁稚奉公(でっちぼうこう)に出されるなど、若い頃から町の人々の暮らし、いろんな階層の人たちと接しながら生きてきた人です。自分の作品を文学小説というより「読者が喜んでくれればそれでいい」と語っていました。 とても「せっかち」な人でもあり、出版社のハイヤーが迎えに来ると、家の前ですでに待っていて、車が止まる前からドアに手をかけて乗り込もうとするので、運転手さんが「危ないからやめてください」と奥さんにお願いしていたほど。家では猫をたくさん飼っていて、ある日迷い込んできた猫にもすぐ避妊手術をしたら、実は近所の飼い猫だったと後で分かり怒られた。「やっちゃったものはしょうがない」と苦笑していたそうですが、何事も「早め、早め」が信条。原稿の締切りは必ず守る人で、備える人としての姿勢を崩しませんでした。  キリストの再臨という予測不可能な出来事に対して「目を覚ましていなさい」つまり、後回しにせず、今できることを「今」すること。それがキリスト者として、目を覚まして生きることです。日々聖書の言葉にふれて心を整え、祈りのある毎日こそ主を迎える備えになります。「いつか」ではなく「今」主イエスが再臨される備えを整えておきましょう。
《祈り》主よ、あなたが再び来られる日を私は知りません。けれども「今」できることを「今」する者となれますように。日々、あなたを待ち望む信仰を与えてください。
牧師 和田一郎
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