列車の行き先

「しかし民はサムエルの声に聞き従おうとはせず、言い張った。『いいえ、我々にはどうしても王が必要なのです。我々もまた、すべての国々と同様、我々を治める王が必要であり、王が陣頭に立って進み、我々のために戦の指揮を執るのです。』」 (サムエル記上8章19-20節)
 神奈川県民にとって「相鉄(そうてつ)線」といえば、県の中央部の横浜と海老名を結ぶ鉄道として親しまれています。同じ県内を走り、新宿まで直通する小田急線とくらべ「わが町の鉄道」といったイメージがありました。ところが数年前から相鉄線はJRや東急線と相互直通運転を始め、「川越行」と表示された電車を見た時には心底驚かされました。最近では「川越市行」があり、これは、先のJR「川越行」とはまったく違う行き先なのだそうです。もはやその列車が、どこを通ってどんな町に着くのか、想像すらつきません。かつての相鉄線は、横浜方面の電車に乗れば、早かれ遅かれ必ず横浜駅に到着するという安心感がありましたが、今や首都圏の複雑なネットワークについて行けない私は、少し寂しさを覚えてしまいました。 じつは、旧約聖書のイスラエルの民も間違った列車に乗り込んで、どこを走り、どこに行くのか分からなくなったのです。彼らは真の王である神を退け「周辺諸国には王がいる、我々にも王が必要だ。人間の王を立ててください」と求めました。神ではなく、人間の指導者を求めた、つまり、違う行き先の列車に乗り込んだのです。その結果、彼らは罪をもつ人間の王に従うことになりました。それはバビロン捕囚によるイスラエル王国の滅亡という形で現れ、それでも方向転換できず、イエスさまが地上に来てくださることになったのです。しかし、人間が主人となって進む列車を止められず、神が遣わされた独り子さえも十字架につけてしまったのです。これは人間の罪が極まった出来事、すなわち暴走列車の脱線転覆事故でした。 ところが、その脱線で死んだのは私たちではなく、神によって立てられたイエスさまでした。イエスさまは、暴走列車に乗るすべての者の罪を背負い、身代わりとなってくださいました。こうして列車はようやく止められ、本来なら滅びるはずの罪人である私たちが赦され、神の国へと向かう列車に乗る道が開かれたのです。
《祈り》神さま。私たちは自分の知恵や力で人生の列車を走らせようとします。気づけば思いもよらない行き先へ進んでしまいます。日々の小さな選びの中でも「神の国行き」のレールを進むことができますように。
牧師 和田一郎
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