夕焼けといえば神の国

「イエスはお答えになった。「あなたがたは、夕方には『夕焼けだから、晴れだ』と言い、 朝には『朝焼けでどんよりしているから、今日は嵐だ』と言う。このように空模様を見分けることは知っているのに、時のしるしは見分けることができないのか。」 (マタイによる福音書16章2-3節)
 夕焼けといえば日本海だ。初めて日本海を見たのは大学生の時。大学の友人の実家に遊びに行った時だった。その友人が「夕焼けは晴れ、というのは常識だ」と言った。その信ぴょう性は分からなかったが日本海の夕焼けは素晴らしかった。 「観天望気(かんてんぼうき)」という言葉があります。天気諺(ことわざ)のことです。基本的には過去の「前例」と「繰り返し」の原理から生まれたようです。「ツバメが低く飛ぶと雨」、「鐘の音がよく聞こえると晴れ」、「朝焼けは雨、夕焼けは晴れ」「山彦がよく聞こえると晴れ、鈍く響くと雨」「星がキラキラ動くと大風」などなど・・・。少なくとも「あした、天気になあれ」と靴を蹴り上げて占うよりも当たる確率は高いでしょう。しかし、海沿いの町、山間の町など地域のよって違いがあると思います。  イエスさまの時代のパレスチナ地方では、農業や漁業に従事する人がほとんどで、天気を予測することは生活に直結していました。西風が地中海からの湿った潤いの風を運び、東からは荒れ野の乾いた熱風が吹きました。夕焼けや朝焼けの色合い・雲の厚みなどから翌日の天気を予測する習慣がありました。イエスさまが例に挙げたのも、庶民がよく知っていた自然の観察です。  イエスさまは「空模様を見分けることは知っているのに、時のしるしは見分けられないのか。」つまり、「天気の変化は読めるのに、神が今ここで何をしておられるかを見分けようとしないのか」と問うたのです。イエスさまが地上に来られて、すでに神の国が来ているのに、それを悟らない人々の鈍さ・不信を嘆かれたのです。私たちもまた、「目に見える証拠」ばかりを求めがちです。けれど、神のしるしは目に見える奇跡だけではなく、日常の中の小さな恵みの中に、いのちの回復、赦し、希望の芽生えなどに現れています。信仰の眼差しをもって日々の生活を営んでいきましょう。
《祈り》神さま、今日も私たちの上に、広い空を広げてくださり有難うございます。朝の光、夕焼けの輝き、雲の流れや風の音の中に、あなたのまなざしと息づかいを感じます。私たちは、目に見える証拠や奇跡を求めてしまいますが、あなたは日々の出来事や、ささやかな自然の中に、すでに "しるし"を示してくださっています。晴れた日にも、嵐の日にも、あなたの御心に目を向けて歩むことができますように。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/