「立ち止まって静まれ」 その時パウロは考えた⑤
全12回 月曜-火曜
「母の胎にいるときから私を選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子を私に示して、異邦人に御子を告げ知らせるようにされたとき、私は、人に相談することはせず、また、私よりも先に使徒となった人たちがいるエルサレムへ上ることもせず、直ちにアラビアに出て行き、そこから再びダマスコに戻ったのです。」 (ガラテヤの信徒への手紙1章15-17節)
パウロがダマスコ途上で復活のキリストと出会った後、彼がすぐに宣教活動を始めたと思う人は多いでしょう。けれど実際には、彼は一度アラビアへ退き、長い沈黙の時を過ごしました(ガラテヤ1:15–18)。それは神の前にひとり立ち止まり、祈り、聴くための時でした。かつてサウロと呼ばれた彼は、熱心すぎるゆえに人を傷つけてしまった過去を持っています。その彼にとって、荒れ野での静寂は、神の声に耳を澄ませ、自らの心を耕すための「魂の修行の場」でした。 荒れ野に退く――それは聖書の中で繰り返される神の導きの形です。モーセは40年の歳月を羊飼いとして過ごし、民を導く前に「謙遜な者」として整えられました。預言者ヨナは、三日三晩、魚の腹の中で神と向き合い、かたくなな心を砕かれました。イエスさまもまた、荒れ野でサタンの誘惑にさらされつつ、父なる神に従う道を選び取られました。 同じように、パウロもまた、荒れ野において神の御心を聴き取る静けさを学びました。彼が後に語る「キリストが私の内に生きておられるのです」(ガラテヤ2:20)という言葉は、この沈黙の時に生まれたものでしょう。人の言葉ではなく、神の声によって心が形づくられたとき、初めて彼は真の意味で「使徒」となったのです。 私たちもまた、行動や成果を求められる日々の中で、しばし立ち止まる必要があります。語る前にまず聴くこと。働く前に祈ること。沈黙の中でこそ、神は語られるのです。 その時パウロは考えた:「動く前に、まず神に聴く者でありたい。」
《祈り》神さま、私たちの心が騒がしい時にも、あなたは静かに語られます。どうかその声を聞き分けるために、立ち止まる勇気を与えてください。私の沈黙が、あなたの御業を生むことになりますように。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
「母の胎にいるときから私を選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子を私に示して、異邦人に御子を告げ知らせるようにされたとき、私は、人に相談することはせず、また、私よりも先に使徒となった人たちがいるエルサレムへ上ることもせず、直ちにアラビアに出て行き、そこから再びダマスコに戻ったのです。」 (ガラテヤの信徒への手紙1章15-17節)
パウロがダマスコ途上で復活のキリストと出会った後、彼がすぐに宣教活動を始めたと思う人は多いでしょう。けれど実際には、彼は一度アラビアへ退き、長い沈黙の時を過ごしました(ガラテヤ1:15–18)。それは神の前にひとり立ち止まり、祈り、聴くための時でした。かつてサウロと呼ばれた彼は、熱心すぎるゆえに人を傷つけてしまった過去を持っています。その彼にとって、荒れ野での静寂は、神の声に耳を澄ませ、自らの心を耕すための「魂の修行の場」でした。 荒れ野に退く――それは聖書の中で繰り返される神の導きの形です。モーセは40年の歳月を羊飼いとして過ごし、民を導く前に「謙遜な者」として整えられました。預言者ヨナは、三日三晩、魚の腹の中で神と向き合い、かたくなな心を砕かれました。イエスさまもまた、荒れ野でサタンの誘惑にさらされつつ、父なる神に従う道を選び取られました。 同じように、パウロもまた、荒れ野において神の御心を聴き取る静けさを学びました。彼が後に語る「キリストが私の内に生きておられるのです」(ガラテヤ2:20)という言葉は、この沈黙の時に生まれたものでしょう。人の言葉ではなく、神の声によって心が形づくられたとき、初めて彼は真の意味で「使徒」となったのです。 私たちもまた、行動や成果を求められる日々の中で、しばし立ち止まる必要があります。語る前にまず聴くこと。働く前に祈ること。沈黙の中でこそ、神は語られるのです。 その時パウロは考えた:「動く前に、まず神に聴く者でありたい。」
《祈り》神さま、私たちの心が騒がしい時にも、あなたは静かに語られます。どうかその声を聞き分けるために、立ち止まる勇気を与えてください。私の沈黙が、あなたの御業を生むことになりますように。
牧師 和田一郎
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