「心に橋をかける―異文化との対話」 その時パウロは考えた⑩
全12回 月曜-火曜
「アテネの皆さん、あなたがたがあらゆる点で信仰のあつい方であることを、私は認めます。道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それを私はお知らせしましょう。世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。」 (使徒言行録17:22-24節)
パウロが足を踏み入れたアテネは、古代世界における哲学と芸術の中心地でした。街には多くの神々の像が並び、人々は日々、新しい思想や教えを論じていました。アジア、パレスチナの文化の中で生きてきたパウロにとって、その景色は驚きと痛みを伴うものでした。日本も、八百万神(やおよろずのかみ)と言われる多くの神々を崇めています。家の中にも神棚があり、学問の神さま、縁結びの神さま、道を歩けばあちこちにお地蔵さんがあります。アテネは文化・学問の中心地である一方、八百万の神々を崇める都市だったのです。しかしパウロは恐れることなく「対話」へと歩み出します。 アテネでパウロは語り始めます。「あなたがたは『知られざる神』を拝んでいますが、私はその知られざる神を知らせたい」と。彼は相手の文化を否定することから始めませんでした。むしろ、相手が大切にしているものを手がかりに福音を語りました。真理は相手の心に橋をかけるところから伝わる。 しかし、パウロの言葉に人々にすぐに共感が起こったわけではありません。「復活」という概念を聞いた途端、嘲笑する者たちがいました。ある者は「また今度」と言い、心を開くには至りませんでした。異文化との対話には、必ず“理解されない痛み"が伴います。それでも、パウロは語ることをやめませんでした。パウロの心は人々の反応ではなく、真理に向けられていました。 その時パウロは考えた:『真理は、相手の心に橋をかけるところから始めるのだ』
《祈り》神さま、多くの神々が溢れる時代にあって、人から理解されない痛みを覚える事があります。どうか「恐れ」ではなく、人の心に橋をかけるところから始められますように。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
「アテネの皆さん、あなたがたがあらゆる点で信仰のあつい方であることを、私は認めます。道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それを私はお知らせしましょう。世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。」 (使徒言行録17:22-24節)
パウロが足を踏み入れたアテネは、古代世界における哲学と芸術の中心地でした。街には多くの神々の像が並び、人々は日々、新しい思想や教えを論じていました。アジア、パレスチナの文化の中で生きてきたパウロにとって、その景色は驚きと痛みを伴うものでした。日本も、八百万神(やおよろずのかみ)と言われる多くの神々を崇めています。家の中にも神棚があり、学問の神さま、縁結びの神さま、道を歩けばあちこちにお地蔵さんがあります。アテネは文化・学問の中心地である一方、八百万の神々を崇める都市だったのです。しかしパウロは恐れることなく「対話」へと歩み出します。 アテネでパウロは語り始めます。「あなたがたは『知られざる神』を拝んでいますが、私はその知られざる神を知らせたい」と。彼は相手の文化を否定することから始めませんでした。むしろ、相手が大切にしているものを手がかりに福音を語りました。真理は相手の心に橋をかけるところから伝わる。 しかし、パウロの言葉に人々にすぐに共感が起こったわけではありません。「復活」という概念を聞いた途端、嘲笑する者たちがいました。ある者は「また今度」と言い、心を開くには至りませんでした。異文化との対話には、必ず“理解されない痛み"が伴います。それでも、パウロは語ることをやめませんでした。パウロの心は人々の反応ではなく、真理に向けられていました。 その時パウロは考えた:『真理は、相手の心に橋をかけるところから始めるのだ』
《祈り》神さま、多くの神々が溢れる時代にあって、人から理解されない痛みを覚える事があります。どうか「恐れ」ではなく、人の心に橋をかけるところから始められますように。
牧師 和田一郎
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