私の道を主にゆだねる

「この世で富んでいる人々に命じなさい。高ぶることなく、不確かな富に望みを置くのではなく、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。」 (テモテの手紙一6章17節)
 聖書は、お金を稼ぐことを否定してはいません。むしろ、お金をどう使うかよりも、そこにどんな心があるのかを問います。私たちの心が財産に縛られてしまうとき、神様に信頼する余地がなくなってしまうからです。イエスさまの弟子マタイも収税人でした。彼はお金の扱いに長けていましたが、お金に縛られない人生へと変えられた人でした。 1805年にドイツのクロッペンシュタットという町に生まれジョージ・ミュラーの父は、税金を集める仕事をしていました。父はお金の使い方を学ばせようと、ジョージにお小遣いを自由に使わせていました。しかし、それが悪影響となって10歳になる前から嘘をついて、物をこっそり持ち出したり、預かったお金を悪知恵を使って自分のものにするようになっていったのです。 しかし20歳のとき、家庭集会の祈りに触れ、心の奥深くで神さまの愛に出会いました。「自分の力ではなく、すべてを神様に委ねて生きよう」と宣教師になったのです。イギリスに渡ったミュラーは、多くの孤児を支える働きを始めました。資金の保証も支援の約束もない中で、ただ神様を信頼して歩みました。彼は、お金を集めたり運用する賜物もあったでしょう。しかし、ひたすら神様に委ねる生き方に変えられていました。食料を買うお金も底をつきそうになっていたある朝、パン屋さんがパンを、牛乳屋さんが牛乳を持ってやって来ました。誰も頼んでいないのに、必要は不思議な形で満たされていきました。 「あなたの道を主にゆだねよ。主が成し遂げてくださる」(詩編37:5)。ミュラーの生涯は、この言葉の生きた証しです。神さまに信頼し、祈り、委ねて生きるとき、神は今日も私たちの歩みを支えてくださいます。
《祈り》お金や欲望に心を奪われ、嘘やごまかしに囚われていたときでさえ、あなたは見捨てずに、正しい道へと導いてくださいます。必要なものは、必要なときに、あなたが備えてくださると、信じることができますように。
牧師 和田一郎
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