銀行と賜物
「それなら、私のお金を銀行に預けておくべきだった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。」 (マタイによる福音書25章27節)
この言葉は、いわゆる「タラントンのたとえ」の中で語られます。主人(神様)から財産を託された僕(しもべ)たちのうち、一人はそれを増やし、一人はさらに増やしました。けれども、もう一人は主人の財産を減らさないように、地面に穴を掘り隠してしまいます。主人は怒って言いました。「それなら銀行に預けておけばよかったのに」と。 「イエスさまの時代に銀行なんてあったの?」私たちは現代の立派な建物やATMを思い浮かべます。しかしイエスさまの時代にあったのは、組織が運営する金融機関というよりも、もっと素朴な「両替商」「預かり商」でした。 この「銀行」のギリシア語原文は「トラペザ」という語です。これはもともと「机・台」という意味で、市場や神殿の境内に置かれた「机」の上で、人々は貨幣を数え、両替し、預かり、貸し付けをしていました。つまり銀行とは、まず「机の上の仕事」から始まったのです。金融の起源は古い時代にあります。メソポタミア文明では神殿や王宮が穀物や銀を保管し、貸し付けを行い、粘土板に利息や返済期限が記録されました。ハンムラビ法典には利息の上限規定さえあり、すでに金融が社会制度となっていました。 さらに古代ローマでは、両替、預金、貸付、送金のような、現代の銀行に似た働きが専門職として成立していました。イエスさまの語られた「銀行に預ける」という行為は、当時の人々にとって日常生活の一部だったのです。 主人(神様)は私たちの人生を、ただ「保管」するために与えられたのではありません。神の恵みは、流れていくことで喜びとなるのです。「愛」は与えることで真価を発揮します。「赦し」は手放すことで自由になります。ですから主人に託されたタラントン(賜物)を増やしたお金とは、与えられた人生を「より良く生きた証し」なのです。
《祈り》主よ誓います、与えられた自分の賜物を、恐れて埋めないようにします。何もしない安全よりも、委ねて生きます。そして、与えられた賜物を、隣人へ用いることができますように。
牧師 和田一郎
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発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
この言葉は、いわゆる「タラントンのたとえ」の中で語られます。主人(神様)から財産を託された僕(しもべ)たちのうち、一人はそれを増やし、一人はさらに増やしました。けれども、もう一人は主人の財産を減らさないように、地面に穴を掘り隠してしまいます。主人は怒って言いました。「それなら銀行に預けておけばよかったのに」と。 「イエスさまの時代に銀行なんてあったの?」私たちは現代の立派な建物やATMを思い浮かべます。しかしイエスさまの時代にあったのは、組織が運営する金融機関というよりも、もっと素朴な「両替商」「預かり商」でした。 この「銀行」のギリシア語原文は「トラペザ」という語です。これはもともと「机・台」という意味で、市場や神殿の境内に置かれた「机」の上で、人々は貨幣を数え、両替し、預かり、貸し付けをしていました。つまり銀行とは、まず「机の上の仕事」から始まったのです。金融の起源は古い時代にあります。メソポタミア文明では神殿や王宮が穀物や銀を保管し、貸し付けを行い、粘土板に利息や返済期限が記録されました。ハンムラビ法典には利息の上限規定さえあり、すでに金融が社会制度となっていました。 さらに古代ローマでは、両替、預金、貸付、送金のような、現代の銀行に似た働きが専門職として成立していました。イエスさまの語られた「銀行に預ける」という行為は、当時の人々にとって日常生活の一部だったのです。 主人(神様)は私たちの人生を、ただ「保管」するために与えられたのではありません。神の恵みは、流れていくことで喜びとなるのです。「愛」は与えることで真価を発揮します。「赦し」は手放すことで自由になります。ですから主人に託されたタラントン(賜物)を増やしたお金とは、与えられた人生を「より良く生きた証し」なのです。
《祈り》主よ誓います、与えられた自分の賜物を、恐れて埋めないようにします。何もしない安全よりも、委ねて生きます。そして、与えられた賜物を、隣人へ用いることができますように。
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