時間をかけて赦す

「互いに親切で憐れみ深い者となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。」 (エフェソの信徒への手紙4章32節)
 『赤毛のアン』の主人公アン・シャーリーは、孤児として育ち、人一倍まっすぐで感情豊かな少女でした。プリンスエドワード島の家族に引き取られ、初めて無条件に受け入れられる経験をしますが、その素直さゆえに傷つきやすく、同級生のギルバートの「ニンジン、ニンジン」という、冷やかしを生涯忘れられない屈辱として抱え込みます。赦したい気持ちがありながら、心を閉ざしてしまう姿は、私たち自身の姿にも重なります。 ギルバートは繰り返し謝罪しました。ある出来事でアンの命を救いました。さらに自分の将来を犠牲にして、アンがプリンスエドワード島の家族のそばに留まれるよう教師の席を譲りました。それは、求められたわけでもない犠牲的な行為によって、アンの心は初めて解き放たれます。「赦し」は、時間と愛の中で育つものだということを、アンは体験したのです。 聖書が語る「成長」とは、単なる人格形成ではありません。キリストに似た者へと変えられていく歩みです。イエスは「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である」と語られました。神につながるとき、人は実を結び、赦す力へと導かれます。 人を赦すためには、まず自分が神さまに赦され、受け入れられていることを知る必要があります。アンが赦す者へと成長できたのは、家族の愛をとおして、神の変わらぬ愛に包まれたからでした。神の赦しの中に生きるとき、私たちもまた、少しずつ赦す者へと成長させられていくのです。
《祈り》神様、どうか私たちが、まずあなたに無条件に赦され、受け入れられていることを深く知ることができるようにしてください。
牧師 和田一郎
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