次の試合のキックオフの笛
「父が私をお遣わしになったように、私もあなたがたを遣わす。」 (ヨハネによる福音書20章21節)
「試合終了のホイッスルは、次の試合へのキックオフの笛」と言ったのは、「日本サッカーの父」と称されたドイツ人指導者、デットマール・クラマーです。 主日の礼拝も、一週間の働きを終えて安息する時であり、同時に次の一週間のスタートでもあります。 復活されたイエスさまが弟子たちの前に現れたとき、まず語られた言葉は「平和があるように」でした。弟子たちは十字架の出来事の後、恐れの中で戸を閉ざしていました。しかしイエスさまは、その閉ざされた場所に来てくださり、彼らに新しい使命を与えます。 「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」 ここに「礼拝」の在り方が示されています。礼拝とは、ただ集まる場所ではありません。神に集められた人々が、再び世へと遣わされていく「派遣」の場所なのです。 イエスさまご自身が、父なる神によってこの世に遣わされました。そして神の愛を伝え、傷ついた人を癒やし、罪の赦しを宣べ伝えました。そして十字架と復活によって、救いの道を開かれました。そのイエスさまが今、「わたしが遣わされたように、あなたがたも遣わされる」と言われるのです。それは、特別な人だけに与えられた使命ではありません。牧師や宣教師だけではなく、キリストを信じる一人ひとりが遣わされています。私たちは日曜日に礼拝のために集められます。 しかし、そこで終わるのではありません。礼拝はむしろ、新しい一週間へと送り出される派遣式と言えるのです。家庭へ、職場へ、学校へ、地域へ。私たちが置かれている場所こそが、神に遣わされた場所です。そこで私たちは、言葉によって、また生き方によって、神の国を証ししていくのです。 「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」 この言葉を胸に、証しの日々を歩んでいきましょう。
《祈り》主よ、この一週間、あなたに派遣された者として、あなたに倣って生きることができますように。疲れている人を励まし、孤独な人に寄り添い、悲しむ人と共に涙を流し、希望を語ることができるように、私を用いてください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
「試合終了のホイッスルは、次の試合へのキックオフの笛」と言ったのは、「日本サッカーの父」と称されたドイツ人指導者、デットマール・クラマーです。 主日の礼拝も、一週間の働きを終えて安息する時であり、同時に次の一週間のスタートでもあります。 復活されたイエスさまが弟子たちの前に現れたとき、まず語られた言葉は「平和があるように」でした。弟子たちは十字架の出来事の後、恐れの中で戸を閉ざしていました。しかしイエスさまは、その閉ざされた場所に来てくださり、彼らに新しい使命を与えます。 「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」 ここに「礼拝」の在り方が示されています。礼拝とは、ただ集まる場所ではありません。神に集められた人々が、再び世へと遣わされていく「派遣」の場所なのです。 イエスさまご自身が、父なる神によってこの世に遣わされました。そして神の愛を伝え、傷ついた人を癒やし、罪の赦しを宣べ伝えました。そして十字架と復活によって、救いの道を開かれました。そのイエスさまが今、「わたしが遣わされたように、あなたがたも遣わされる」と言われるのです。それは、特別な人だけに与えられた使命ではありません。牧師や宣教師だけではなく、キリストを信じる一人ひとりが遣わされています。私たちは日曜日に礼拝のために集められます。 しかし、そこで終わるのではありません。礼拝はむしろ、新しい一週間へと送り出される派遣式と言えるのです。家庭へ、職場へ、学校へ、地域へ。私たちが置かれている場所こそが、神に遣わされた場所です。そこで私たちは、言葉によって、また生き方によって、神の国を証ししていくのです。 「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」 この言葉を胸に、証しの日々を歩んでいきましょう。
《祈り》主よ、この一週間、あなたに派遣された者として、あなたに倣って生きることができますように。疲れている人を励まし、孤独な人に寄り添い、悲しむ人と共に涙を流し、希望を語ることができるように、私を用いてください。
牧師 和田一郎
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