アイと愛

「イエスが天でそうであるように、この世で私たちも、愛の内にあるのです。愛には恐れがありません。完全な愛は、恐れを締め出します。」 (ヨハネの手紙一4章17-18節)
 「愛」という言葉ほど、美しく、同時に難しい言葉はないのかもしれません。 人は「愛」と聞くと、温かさや優しさを思い浮かべます。しかし現実には、愛するから傷つき、愛するから失うことを恐れ、愛するから裏切られることもあるのです。 谷川俊太郎さんがアイという言葉について語っていました。「アイ」という言葉には、「会う」「合わせる」「向き合う」という響きがあり、離れていたものを結びつけ、人と人を近づける力がある。しかし同時に、「間」という言葉のように、埋められない距離や心のすき間も感じさせる。そして「哀しみ」の “哀" もそこに重なってくる。愛は喜びだけではなく、痛みや孤独とも深く結びついていると。 ですから私たちは、本当に愛してよいのか?と疑います。愛して傷つくくらいなら、最初から心を閉ざした方が楽なのではないか。そんな思いがよぎります。 そのような私たちに向かって、聖書は「愛には恐れがありません」と語ります。これは、「恐れを感じるな」という命令ではありません。むしろ、人間の愛が不完全で、傷つきやすいことを知った上で、それでもなお神が私たちを愛しておられるというのです。 私たちの愛は見返りを求めてしまいます。気分によって揺れ動きます。欲望や執着と混ざり合い、相手を支配しようとします。しかし神の愛は違います。神は、価値があるから愛したのではなく、弱く、罪を抱えた私たちを、それでもなお愛してくださいました。 イエス・キリストは、その愛を十字架で示されました。逃げ出した弟子たちを見捨てず、自分を罵る人間を憐れむ愛でした。だから「完全な愛は恐れを締め出す」のです。恐れを力ずくで消すのではなく「私はあなたを見捨てない」という愛が、少しずつ私たちの心を包み込んでいくのです。
《祈り》神さま。私たちは愛を求めながら、同時に愛を恐れています。傷つくことを恐れ、人を信じることをためらいます。どうかあなたの「完全な愛」で満たしてください。
牧師 和田一郎
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