幼子をやめました
「幼子だったとき、私は幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていました。大人になったとき、幼子のような在り方はやめました。」 (コリントの信徒への手紙一13章11節)
オバマ元大統領はこの聖書箇所を2009年の大統領就任演説の中で引用しました。当時のアメリカは、リーマンショック後の経済危機、イラク・アフガニスタン戦争、政党間の激しい対立、政府への不信という大きな課題を抱えていました。その中で彼は国民に向かって、「もう子どものような振る舞いはやめよう」と呼びかけたのです。党派の言い争い、責任転嫁、目先の利益だけを追う政治、困難な決断から逃げる態度を「子どもじみたこと」と表現しました。そして、「世代から世代へ受け継がれてきた貴重な賜物と崇高な理想を引き継ぐ時だ」と語ったのです。 子どもは、自分の願いや気持ちを優先して考えます。しかし大人は、自分のことだけでなく、家族や仲間、社会のことも考えて行動します。パウロが語る「大人」とは、ただ年齢を重ねることではありません。自分中心の生き方から少しずつ離れ、人を愛し、人のために責任を担う者へと成長していくことです。 私たちも、年齢を重ねれば自動的に成熟するわけではありません。大人になっても、自分の思い通りにならないと不満を抱き、他人や社会のせいにし、自分の利益だけを求めてしまうことがあります。 しかしキリストは、私たちを愛と責任を担う者へと招いておられます。家庭においても、教会においても、地域社会においても、本当に必要とされているのは「誰かがやるだろう」と傍観する人ではなく、「私にできることをしよう」と応答する人です。信仰とは、自分だけの救いや幸せを求めることではありません。神から受けた愛を次の人へと手渡していくことです。
《祈り》神さま。私たちは年齢を重ねても、なお自分中心に考え、責任を避けてしまう弱さがあります。どうか「誰かがするだろう」ではなく、「私にできることをしよう」と応える心をお与えください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
オバマ元大統領はこの聖書箇所を2009年の大統領就任演説の中で引用しました。当時のアメリカは、リーマンショック後の経済危機、イラク・アフガニスタン戦争、政党間の激しい対立、政府への不信という大きな課題を抱えていました。その中で彼は国民に向かって、「もう子どものような振る舞いはやめよう」と呼びかけたのです。党派の言い争い、責任転嫁、目先の利益だけを追う政治、困難な決断から逃げる態度を「子どもじみたこと」と表現しました。そして、「世代から世代へ受け継がれてきた貴重な賜物と崇高な理想を引き継ぐ時だ」と語ったのです。 子どもは、自分の願いや気持ちを優先して考えます。しかし大人は、自分のことだけでなく、家族や仲間、社会のことも考えて行動します。パウロが語る「大人」とは、ただ年齢を重ねることではありません。自分中心の生き方から少しずつ離れ、人を愛し、人のために責任を担う者へと成長していくことです。 私たちも、年齢を重ねれば自動的に成熟するわけではありません。大人になっても、自分の思い通りにならないと不満を抱き、他人や社会のせいにし、自分の利益だけを求めてしまうことがあります。 しかしキリストは、私たちを愛と責任を担う者へと招いておられます。家庭においても、教会においても、地域社会においても、本当に必要とされているのは「誰かがやるだろう」と傍観する人ではなく、「私にできることをしよう」と応答する人です。信仰とは、自分だけの救いや幸せを求めることではありません。神から受けた愛を次の人へと手渡していくことです。
《祈り》神さま。私たちは年齢を重ねても、なお自分中心に考え、責任を避けてしまう弱さがあります。どうか「誰かがするだろう」ではなく、「私にできることをしよう」と応える心をお与えください。
牧師 和田一郎
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