ぼくのこえがきこえますか

「あなたがたの中の戦いや争いは、どこから起こるのですか。あなたがたの体の中でうごめく欲望から起こるのではありませんか。あなたがたは、欲しがっても得られず、人を殺します。また、熱望しても手に入れることができず、争ったり戦ったりします。得られないのは、求めないからです。」 (ヤコブの手紙4章1-2節)
 2012年日本・中国・韓国の絵本作家が連帯して平和絵本を刊行しました。その一冊が『ぼくのこえがきこえますか』という絵本です。 国のために戦えと、みんなに励まされて、戦争に行った主人公の青年は、銃撃戦の真っただ中におかれます。「めいれいだから てっぽうを うった。ぼくと おなじ にんげんに むかって」敵の砲弾が飛んできました。「かみのけと めが もえた。あしも おなかも かおも なくなった」「でも、ぼくの こころが なにかをみ なにかを きき、なにかをかんじはじめている」魂のような存在になった「ぼく」は家族のもとに行くと母親が泣いている。弟が「にいさんの かたきを うってやる」と復讐心をもって戦争に行きます。 しかし、その弟も戦死してしまう。「てきも いかっている。にくしみが もえあがっている。だれのために たたかうのか。」 この「てき」という言葉には敵視している憎しみよりも「柔らかさ」を感じます。敵の側にも家族を殺され、苦しみ怒りを感じている人がいる、という想像をおこさせます。「てき」という立場は誰でもなり得るからです。 弟の死を目の当たりにした「ぼく」の魂はさまよいます。「ぼくたちの すがたは だれにも みえないけれど、あなたに つたえたい。ひとが ひとを ころす せんそうの こと。あなたと おなじように いきていた ぼくたちの こと。」最後に書かれた「ぼくたち」とは戦争で亡くなった死者のことです。そこには敵も味方もありません。 (サヘル・ローズ『沈黙に耳を澄まして』100分de名著より) 戦争に勝敗はない、断じてない、ありえない。なぜなら、それが戦争というものだから。どちらも傷ついているんだよ。 ヤコブは争いの原因は相手ではなく、人間の「欲望」だと語ります。「欲しがっても得られない」とは、人は「力」によって安全や正義を手に入れようとしますが、本当に求めているものは決して得られないのです。むしろ争いは新たな争いを生む、人間の悲しい現実です。今日は「広島原爆の日(平和記念日)」であり平和を強く願う日です。
《祈り》平和の主よ、私たちの心に潜む争いの思いを、あなたの愛によって静めてください。敵も味方もなく、すべての人が尊い命であることを忘れず、平和をつくる者として歩ませてください。あなたの平和がこの世界に満ちますように。
牧師 和田一郎
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