みんな不人情だ!

「女が自分の乳飲み子を忘れるだろうか。自分の胎内の子を憐れまずにいられようか。たとえ、女たちが忘れても 私はあなたを忘れない。見よ、私はあなたを手のひらに刻みつけた。」 (イザヤ書49章15-16節)
 藤子・F・不二雄の『ドラえもん』に、「宇宙ターザン」という物語があります。宇宙ターザンは、のび太が大好きなテレビ番組のヒーローです。しかし、同じような話が続き、セットも安っぽくなったため、人気は次第に落ちていきました。ドラえもんも、ジャイアンも、スネ夫もしずかちゃんも、「もう飽きた」「近ごろつまらない」と離れていきます。 けれども、のび太だけは言います。「みんな不人情だ!ほんとのファンなら、落ち目の時にこそおうえんしなくちゃ。ぼくはぜったいに宇宙ターザンを見すてないぞ」ですが、視聴率の低迷によって、番組の打ち切りが決まります。それを知ったのび太は、宇宙ターザンを救おうと懸命に考えました。 そして、ドラえもんの道具を借り、本物の恐竜が生きている白亜紀で撮影することを思いつきます。その迫力ある映像によって宇宙ターザンの人気は復活します。すると、以前は見向きもしなかった友達も、自分が主役ターザン役をしたいと言って役を横取りします。のび太は「ずっと応援してきたのは僕なのに」と言ってもよかったはずですが「みんながターザンを好きになってくれれば、それでいいんだ!」と言うのです。のび太って、見捨てない愛と、見返りを求めない人柄の持ち主なのですね。 イザヤ書のこの言葉は、国を失い、異国で苦しんでいたイスラエルの民に語られました。人々は「神は私を見捨てられた、忘れられた」と嘆いていました。その嘆きに対して神様は、母親が乳飲み子を憐れむ姿を示し「私はあなたを忘れない」と答えられたのです。しかも、「たとえ、女たちが忘れても」と言われます。人間の愛には限界があり、深く愛する者にさえ、背を向けてしまうことがあります。しかし、神様の愛には「たとえ」がありません。続けて「見よ、私はあなたを手のひらに刻みつけた」と約束されています。 世の中の評価は移ろいます。人気のある時には人が集まり、力を失えば離れていくこともあります。しかし神は、人々が背を向ける時にも、なお傍らにいてくださる。それが、イエス・キリストに示された神様の愛です。
《祈り》神様、私が「人から認められていない」と思った時でも、あなたは決して見捨てないと約束されました。私の名を深く刻み、見つめ続けてくださり感謝いたします。そして私も、困難の中にいる人の傍らを離れず、その人の回復を共に願う者としてください。
牧師 和田一郎
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