手前味噌ですが

「自分の口で褒めるのではなく、他人に褒めてもらえ。自分の唇で褒めるのではなく 異国人に褒めてもらえ。」 (箴言27章2節)
 妻が教会のコーラス部の友人に作り方を教わって、自家製の味噌を作りました。私は「手作り」というものが好きなので「美味しいよ」といって味わっています。妻は他の味噌と「合わせ味噌」にして、いろいろアレンジしているようです。自家製の味噌のことを「手前味噌」といいますね。昔の味噌は、買うものではなく自家製が当たり前、その自家製の味噌が一番美味しいと、お互いに自慢し合ったことから、自分で自分を褒めること(自画自賛)を、「手前味噌ですが・・・」と言うようになったのが由来だそうです。日本人の謙虚さを象徴する便利な言い回しですよね。自分の作ったもの、認めてもらいたいと思うのは、自然な気持ちです。しかし、それが自慢話に聞こえてしまうと、どこか味わいを失ってしまいますから。 箴言は、「自分の口で褒めるのではなく、他人に褒めてもらえ」と教えます。本当に良いものは、自分で大声を上げなくても、やがて誰かがその良さを見つけてくれます。味噌のおいしさも、作った本人が自慢するより、それを食べた人が「おいしい」と言ってくれるほうが、ずっとうれしいものです。けれども聖書は、自分の良いところを否定しなさい、と教えているのではありません。自分に与えられた賜物や、成し遂げたことを喜ぶのは大切です。ただ「神様が与えてくださった」と感謝の気持ちがあれば、それが自然と伝わっていくでしょう。味噌は、時間をかけて発酵し、深い味わいを生み出します。人もまた、目立たない日々の中で、神様に整えられながら味わい深い者へと変えられていきます。自分から誇らなくても、その人の温かさや誠実さは、周りの人に伝わっていきます。 「手前味噌ですが」と、与えられたものに感謝して、誰かのために用いる。そのような営みから、人を生かす、味わい深い人生が生まれるのではないでしょうか。
《祈り》主なる神さま、私たちの祈りをしっかりと聞いてください。手前味噌ですが、ここにあなたを信じる小さな者がいます。弱く、不十分な者ですが、その小さな信仰をあなたが育ててください。人ではなく、あなたに喜ばれることを願い歩む者としてください。
牧師 和田一郎
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