「天にのぼられました。そして全能の父である神の右に座しておられます。」【使徒信条シリーズ⑧】
(全11回 月曜-水曜)
「こう話し終わると、イエスは彼らが見ている前で天に上げられ、雲に覆われて見えなくなった。」 (使徒言行録1章9節)
横浜の元町にある丘を登ると、カトリック山手教会があります。この教会は、土曜日には開いており静かに祈ることができる場所です。今の礼拝堂は建てられてから90年以上がたっており、日本でも特に歴史あるカトリック教会のひとつです。この山手教会は「カテドラル」と呼ばれることがあります。日本語では「大聖堂」と訳されることが多いですが、本来「椅子」という意味です。 つまり、その地域を管轄する司教(ビショップ)が座る「特別な椅子」があることを表しています。この「椅子に座る」という表現は、使徒信条の「神の右に座しておられます」という言葉にもつながっています。たとえば「王座に着く」といった言い回しがあるように、特別な椅子に座るということは、力や権威を持つことのしるしです。では天にのぼり、神の右に座しておられるキリストは、私たちにどのような権威をもっておられるのでしょう? 「信仰の導き手であり、完成者であるイエスを見つめながら、走りましょう。この方は、ご自分の前にある喜びのゆえに、恥をもいとわないで、十字架を忍び、神の王座の右にお座りになったのです」(ヘブライの手紙12:2) 確かに、「神の右に座する」とは大きな権威を意味します。しかし、ヘブライ人への手紙が強調しているのは、イエスさまが「偉大な大祭司」として、私たちの側に立ち、とりなしてくださる方であるということです(同4章14節)。 大祭司とは、民の罪を神の前に差し出し、赦しを願い求める役割を持った人です。イエスは、まさにそのような大祭司として、今も天で私たちのことを思い、私たちのために祈っておられるのです。
《祈る》主よ、あなたは天にのぼり、父なる神の右に座して、今も私たちのためにとりなしてくださいます。どうか、あなたの愛とゆるしのまなざしの中で、希望と平安に生きることができますように。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
「こう話し終わると、イエスは彼らが見ている前で天に上げられ、雲に覆われて見えなくなった。」 (使徒言行録1章9節)
横浜の元町にある丘を登ると、カトリック山手教会があります。この教会は、土曜日には開いており静かに祈ることができる場所です。今の礼拝堂は建てられてから90年以上がたっており、日本でも特に歴史あるカトリック教会のひとつです。この山手教会は「カテドラル」と呼ばれることがあります。日本語では「大聖堂」と訳されることが多いですが、本来「椅子」という意味です。 つまり、その地域を管轄する司教(ビショップ)が座る「特別な椅子」があることを表しています。この「椅子に座る」という表現は、使徒信条の「神の右に座しておられます」という言葉にもつながっています。たとえば「王座に着く」といった言い回しがあるように、特別な椅子に座るということは、力や権威を持つことのしるしです。では天にのぼり、神の右に座しておられるキリストは、私たちにどのような権威をもっておられるのでしょう? 「信仰の導き手であり、完成者であるイエスを見つめながら、走りましょう。この方は、ご自分の前にある喜びのゆえに、恥をもいとわないで、十字架を忍び、神の王座の右にお座りになったのです」(ヘブライの手紙12:2) 確かに、「神の右に座する」とは大きな権威を意味します。しかし、ヘブライ人への手紙が強調しているのは、イエスさまが「偉大な大祭司」として、私たちの側に立ち、とりなしてくださる方であるということです(同4章14節)。 大祭司とは、民の罪を神の前に差し出し、赦しを願い求める役割を持った人です。イエスは、まさにそのような大祭司として、今も天で私たちのことを思い、私たちのために祈っておられるのです。
《祈る》主よ、あなたは天にのぼり、父なる神の右に座して、今も私たちのためにとりなしてくださいます。どうか、あなたの愛とゆるしのまなざしの中で、希望と平安に生きることができますように。
牧師 和田一郎
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