心の目

「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」(新共同訳) (サムエル記上16章7節)
 1937年、オランダで発見された絵画《エマオの食事》は、当時「フェルメールの傑作」として大きな話題を呼びました。美術界の権威ブレディウスが「間違いなくフェルメールだ」と鑑定したため、絵は高値で購入され、国立の美術館に寄贈されます。世界中のメディアも大騒ぎして「新しいフェルメールの発見」として称賛されました。 しかし、この絵を描いたのは、実はフェルメールではなく、画家H.Vメーヘレンでした。彼は自分の才能が正しく評価されないことに不満を抱き、美術界への復讐として贋作を作り続けたのです。本物らしい細部を巧みに取り入れて描かれたため、専門家ですら見抜けませんでした。 第二次世界大戦後、ナチス高官ゲーリングがフェルメールとされる絵を所有していたことが発覚し調査が始まります。その過程でメーヘレンの名前が浮上し、「祖国の至宝を敵に売った」として反逆罪に問われます。しかし彼は「これは私が描いた贋作だ」と告白。法廷で実際に絵を描いてみせ、その技術が本物であることを証明しました。その結果、メーヘレンは反逆者ではなく「ナチスを騙した英雄」として軽い詐欺罪だけで済んだのです。 この事件は、私たちが「ありのままを見ているようで、実は自分が見たいものを見ている」ことを教えてくれます。人は自分の期待や願望によって現実を歪めてしまうのです。 「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」 この言葉は、神がイスラエルの王としてダビデを選ばれる場面で語られたものです。人々は最初、背が高く立派な外見の兄たちを「きっと王にふさわしい」と考えました。しかし神はそうではなく、最も末っ子で目立たないダビデを選ばれました。 ここで示されているのは、「人は自分の見たいものしか見ていない」という真理です。ブレディウスは「これはフェルメールだ」と信じたかったために、細部しか見ず全体を見誤りました。同じように、私たちも「自分の期待」や「先入観」に囚われると、真実を見落とす危険があります。神は外見や細部ではなく、人の心の本質をご覧になります。私たちも、見たいものではなく、神の視点から「ありのまま」を見ようとすることが大切です。
《祈り》主よ、私たちはしばしば、ありのままではなく「見たいもの」だけを見ています。どうか、私たちの心を清め、あなたの御目をもって物事を見る力を与えてください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/