政府に従うことと、神に従うこと
「人はみな、上に立つ権威に従うべきです。」 (ローマの信徒への手紙13章1節)
この使徒パウロの言葉を読むと「クリスチャンは、どんな場合でも会社や政府に従わなければならないのだろうか?」という疑問を抱いてしまいます。 パウロはまず、会社や国家の権威というのは、神が人間社会の秩序を保つためにお立てになったものだと教えています。国家の役割は、悪を罰し、善を励まし、人々が安心して暮らせる社会を守ることです。その意味で、権威は神の「しもべ」として働くよう期待されています。だからこそ、キリスト者は法律を守り、税を納め、権威を尊重し、そのために祈るよう勧められています。しかし、政府よりも神を第一にします。ですから聖書は政府への無条件の服従を教えているわけではありません。 黙示録13章では、神に逆らう国家は「獣」として描かれています。イエスさまご自身も、不正な宗教権力や政治権力に迎合することなく、真理を語り続けられました。 つまり、政府は神が用いられる大切な制度ですが、それ自体が絶対ではありません。もし国家が正義を失い、弱い人を苦しめることを命じるなら、その権威は神の御心から離れてしまいます。そのようなとき、キリスト者は神への従順を第一に選ぶのです。 では、私たちはどのような基準で判断すればよいのでしょうか。 その答えをパウロは語ります。「互いに愛し合いなさい」(ローマ13:8)。これこそが、この箇所の結論です。国家に従うことが目的なのではありません。神と隣人を愛すること、愛を実現することが目的なのです。 ですから、クリスチャンは政府を何でも肯定することも、反対に何でも否定することもありません。社会の秩序を大切にし、良き市民として歩み、そのために祈るのです。何よりも「隣人を愛する」というキリストの教えに照らして判断していくのです。
《祈り》神さま。あなたがこの世界に秩序を与え、私たちを守ってくださることを感謝いたします。どうか、この世の権威を尊びながらも、何よりあなたを第一にする信仰をお与えください。日々の歩みにおいて、隣人に仕え、平和をつくる者とさせてください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
この使徒パウロの言葉を読むと「クリスチャンは、どんな場合でも会社や政府に従わなければならないのだろうか?」という疑問を抱いてしまいます。 パウロはまず、会社や国家の権威というのは、神が人間社会の秩序を保つためにお立てになったものだと教えています。国家の役割は、悪を罰し、善を励まし、人々が安心して暮らせる社会を守ることです。その意味で、権威は神の「しもべ」として働くよう期待されています。だからこそ、キリスト者は法律を守り、税を納め、権威を尊重し、そのために祈るよう勧められています。しかし、政府よりも神を第一にします。ですから聖書は政府への無条件の服従を教えているわけではありません。 黙示録13章では、神に逆らう国家は「獣」として描かれています。イエスさまご自身も、不正な宗教権力や政治権力に迎合することなく、真理を語り続けられました。 つまり、政府は神が用いられる大切な制度ですが、それ自体が絶対ではありません。もし国家が正義を失い、弱い人を苦しめることを命じるなら、その権威は神の御心から離れてしまいます。そのようなとき、キリスト者は神への従順を第一に選ぶのです。 では、私たちはどのような基準で判断すればよいのでしょうか。 その答えをパウロは語ります。「互いに愛し合いなさい」(ローマ13:8)。これこそが、この箇所の結論です。国家に従うことが目的なのではありません。神と隣人を愛すること、愛を実現することが目的なのです。 ですから、クリスチャンは政府を何でも肯定することも、反対に何でも否定することもありません。社会の秩序を大切にし、良き市民として歩み、そのために祈るのです。何よりも「隣人を愛する」というキリストの教えに照らして判断していくのです。
《祈り》神さま。あなたがこの世界に秩序を与え、私たちを守ってくださることを感謝いたします。どうか、この世の権威を尊びながらも、何よりあなたを第一にする信仰をお与えください。日々の歩みにおいて、隣人に仕え、平和をつくる者とさせてください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/

