裸足になってみる

「神は言われた。『こちらに近づいてはならない。履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地である。』」 (出エジプト記3章5節)
 夏休みの一日。息子と湘南の鵠沼海岸に行きました。砂浜にでて靴下を脱ぎました。「裸足になってごらん。気持ちいいよ。」と言うと、息子が「海っていいね」とニッコリ。潮の香りと足から伝わってくる心地よい感触を楽しみました。 大人になるにつれて、外で裸足になる機会は少なくなりました。子どもにも、ケガをしないようにラッシュガードとウォーターシューズを履かせて遊ばせます。けれども、足の裏はとても豊かな感覚を持っていて、芝生のチクチク、砂浜のサラサラ、石の硬さ、ひだまりの暖かさ。裸足になると、それまで気づかなかった大地の表情が伝わってきます。 荒れ野で燃える柴を見つけたモーセに、神は「足から履物を脱ぎなさい」と言われました。履物を脱ぐことは、神の前で身を低くし、自分を守っているものを外して、神に向き合うことを表しています。モーセが立っていたのは、礼拝をする神殿でなく、何もない荒れ野でした。しかし、神がそこにおられたので、その場所は「聖なる土地」となったのです。 私たちは、便利さや忙しさという厚い靴を履いているので、守られている一方で、神が与えてくださっている、ささやかな恵みを感じにくくなっています。太陽の暖かさ、頬をなでる風、土の匂い、草木の色。その一つ一つが、神の創造の恵みを静かに伝えています。神さまと出会える場所は、教会だけではありません。いつもの公園も、通い慣れた道も、日常の家の庭やベランダにも、私たちを生かし、支えている神の恵みが満ちています。さあ、野外で裸足になってみませんか。そして神に心を向けてみましょう。大地と命の創造主があなたを待っておられます。
《祈り》神さま、太陽の暖かさ、吹く風、足元の大地を通して、あなたが私たちを支えてくださっていることに気づかせてください。何げない日常の中にも、あなたが共におられることを信じ、感謝して歩む者としてください。
牧師 和田一郎
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