向こうからやってくるもの

「その夜、パウロは幻を見た。一人のマケドニア人が立って、『マケドニア州に渡って来て、私たちを助けてください』とパウロに懇願するのであった。パウロがこの幻を見たとき、私たちはすぐにマケドニアに向けて出発することにした。・・・・・・神が私たちを招いておられるのだと確信したからである。」 (使徒言行録16章9-10節)
 自分にないものは、向こうからやってきます。  そして、自分にないものを発見するには、委ねて任せて出会いを大切にすればいい。 人生の旅路は、自分で決心して努力するのではなくて、「大きな力」によって自然に引きよせられていくと「生きていて良かった」と思える人生になるのではないでしょうか。それが信仰生活の素晴らしさ。  使徒パウロは旅の行き先を祈りながら決めていました。ある地方へは聖霊に止められ、ある町にはイエスの霊に許されず、結局、幻の中の声を聞いて思ってもみなかったマケドニアに渡ることにしたのです。それは「大きな力」に導かれて、委ねて行き先が決められたのです。それはパウロの頭の中では「なるようにしかならない」という思いと「なるべくしてなるのだ」と御心に信頼してうなずいていたのでしょう。その思いには不思議な安心感があったはずです。向うからやってくるものを信頼する安心感。 「私は山々に向かって目を上げる。私の助けはどこから来るのか。私の助けは主のもとから 天と地を造られた方のもとから。」(詩編121:1-2)
《祈り》神さま、私の行き先を阻んでくださり、ありがとうございます。その道は御心ではなかったのですね。つぎの導きを期待しています。御心のままに、なるようにしかならないのですから、目を上げて私は待ちます。
牧師 和田一郎
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