真珠のような受容の心

「だから、神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい。」 (ローマの信徒への手紙15章7節)
 人類最古の宝石と呼ばれる「真珠(パール)」。その真珠の養殖に世界ではじめて成功し、美しく質が高いと評されるのが日本産の真珠だそうです。真珠貝というのは変わった習性をもっていて、ふつうの貝は自分にとって望ましくない異物が入ってくると「プシュー」と吐き出します。 ところが真珠貝は異物が入ってきたときに、それをいやがって吐き出さないで、異物の刺激によって分泌される液で、異物を軟らかくし、貝殻成分で固く包んでいきます。それを繰り返して大きくなったものが真珠になるのです。つまり、真珠とは貝にとって望ましくない異物がなければ出来ない産物なのです。体内に入った異物を排除しないで用いているのです。異物がなかったら真珠をつくれないのです。それがまたあの美しい玉になるというのは不思議なものですね。  それを人間にたとえるなら、私たちの生活の中にも必ず異物が入り込んでくるものです。私たちはそれを吐き出そうとします。それが一般的な反応です。しかし、真珠貝に学ぶならば、入り込んでくる苦しいこと、いやなこと、私たちにとってマイナスの価値しか持たないものをも、必ずしも悪いものではないと受け止めることができるのです。 異物があっても、それを受けとめて自分なりに、自分にしか作れない真珠に変えていく。そのことを「ありがたい」と思って生きていけたら、物事の見方もきっと変わるのでしょう。  「キリストがあなたがたを受け入れてくださった」という福音は、神さまの憐れみによる喜びの知らせです。その福音が私たちを、互いに相手を受け入れることができる者とするのです。それによって、自己主張ばかりで対立してしまう私たちの間に、キリストを信じる信仰においてお互いを「受容し合う」平和に満ちた世界、つまり神の国の到来を使徒パウロは見つめているのです。
《祈り》神さま、私は不幸と思われる物事を受けとめて落ち込んでいました。不幸を不幸としか受け止めることができませんでした。しかし、不幸と思われる出来事を通して、喜びを見つけることができたのはイエスさまのおかげです。キリストは十字架を受容し、福音という善い知らせに変えてくださいました。不幸があっても、それを感謝に変える恵みを有難うございます。
牧師 和田一郎
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