老いても伝道

「神よ、私が老いて白髪になっても どうか捨て去らないでください あなたの腕の業を、力強い業を 来るべきあらゆる代に語り伝えるその時まで。」 (詩編71編18節)
 この詩編の作者は、全生涯を信仰に生きた人なのでしょう。自分が年老いても、次の世代に神のことを語り尽くしたいという熱意が伝わってきます。  ある町に二つの教会がありました。一つの教会は高齢者が多い教会で、若者に教会に来てもらいたいと願っていました。その教会の牧師は近くのミッション系の大学の教授に頼んで「学生が喜びそうな企画をしますから、ぜひ学生たちを送ってください」と依頼しました。教授は学生たちのためになるのであればと思い、学生たちに勧めると、彼らは教会のイベントに参加するようになり、食事をしたり楽器を演奏し合ったりして、良い交流が生まれました。ところが数か月経って教授に連絡がありました。もう若者たちのためのサービスはやらないというのです。そこの牧師は「学生たちはイベントには来るが、礼拝には来ないのです。とてもがっかりしました。」  もう一方の教会は、やはり小さな教会で、高齢者が多い教会でした。同じミッション系の大学の先生に「自分たちの教会は大きくないし、若者もいない。でも次世代の若者のために何かできることはないでしょうか?」と申し出ました。教授は「学生はまず、お金がないし、食べることが大好きだ」と伝えると「食事作りなら得意です」と答えました。 次に、遠くの町から来ている学生たちは、家族と離れて淋しい思いをしていると伝えると「ハグで歓迎することは得意です」といって、学生たちを迎えることになりました。学生たちは、伝統的な礼拝形式は気にせずに礼拝に参加するようになりました。数年後、その教会は高齢化で閉鎖することになりましたが、主な信徒たちは場所を移して近くの町で新しい教会が生まれました。最初の教会は自分たちの必要を考えました。つまり教会の存続のために学生に働きかけたのです。後者の教会は学生の必要を考えました。自分たちの教会の存続は途絶えましたが、かたちを変えて新しい教会を生み出していったのです。老いても信仰に生きる人は、その存在が素晴らしい証しになるのですね。
《祈り》神さま、伝道するのに年齢は関係ありません。あなたに与えられた恵みを語るには、熟年者の証しが用いられるでしょう。生きた証し人に感謝いたします。
牧師 和田一郎
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