楽しく聖書を学びたいなら

「これまでに書かれたことはすべて、私たちを教え導くためのものです。それで私たちは、聖書が与える忍耐と慰めによって、希望を持つことができるのです。」 (ローマの信徒への手紙15章4節)
 ある科学者がこう話しました。「『科学を楽しく学ぶにはどうしたらいいですか?』と聞かれたら、私はこう答えたいと思います。『科学の歴史をのぞいてみるといいですよ』と。」たとえば…今から120年ほど前、顕微鏡で細胞を調べていたある科学者が、細胞内に糸くずのような物体を見つけた。まもなく糸のように見えたのは、きしめんが折りたたまれたような構造体であることがわかった。では、なぜ折りたたまれているのか。それは狭い細胞の内部で面積をかせぐため、そしてそこに並んだ酵素が養素を燃やしてエネルギーに変えるためだった。かくしてこのミトコンドリアは細胞内のエネルギー生産工場であることが分かった。 同じことが芸術にもいえる。美術を楽しく鑑賞するよい方法は、美術史を眺めればよいのです。その作品をめぐる歴史には作家自身の物語があります。たとえばフェルメールは17世紀のオランダの画家。日本でいえば江戸時代が幕を開けた頃の45年の短い人生だった。実質の活動は20年ほど。その緻密な絵は描けたとしても一年に1枚か2枚だったろう。現存している作品はたった37作品しかないが、その美しい構図とタッチは世界中のファンを魅了してやまない。(福岡伸一著『フェルメール隠された次元』より) そして、聖書を楽しく学ぶには、ただ文字を追うだけでなく、その背後にある歴史を知るといいでしょう。たとえば、アブラハムやモーセが生きた時代の背景を知ると、物語の広がりが見えてきます。新約聖書もまた、ローマ帝国の支配下にあった世界で書かれたことを知れば、パウロの宣教の旅がなぜあれほど困難であったのかが理解できます。 また、キリスト教史を学ぶと、ルターが宗教改革を通して聖書に立ち返ったことや、 私たちが今いる教会がどのように形づくられてきたのかが見えてきます。音楽、礼拝の形、祈りの言葉、その一つひとつに歴史があり、信仰者たちの歩みがあります。
《祈り》神さま。あなたが昔からなさってこられた御業を、聖書を通して知ることができる恵みを感謝します。そこに刻まれた歴史を通して、今も生きておられるあなたの声を聞き、未来を考えることができます。どうぞ導いてください。
牧師 和田一郎
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