「弱さの中で」 ーその時パウロは考えた②―
全12回 月曜-火曜
「力は弱さの中で完全に現れるのだ」 (コリントの信徒への手紙二12章9節)
ある人が病気で入院したとき、友人がこう言いました。「神さまはきっとあなたを強くするためにこの試練を与えられたんだよ」。信仰的な励ましのつもりでしたが、その人は嘆きました。「私は強くなりたいわけじゃない。ただ、もう少し楽になりたいだけ」と。その友人はハッとしました。「励ますつもり」が「裁き」になってしまうことがあるのだと。 サウロ(のちのパウロ)は、神のためにと信じていた。律法を守り、清く生き、間違った信仰を正すことが自分の使命だと信じていた。けれども、ダマスコへの道で彼を照らした光の中から聞こえた声「サウロ、なぜわたしを迫害するのか」その一言が、彼の世界をひっくり返しました。 「なぜ“わたし"なのか?」彼が迫害していたのは人間、イエス・キリストを信じる者たちでした。だがイエスさまは、その彼らを「わたし」と呼ばれたのです。つまり、パウロが敵と見なしていた者たちの中に、イエスさまご自身が共におられたのだ。主イエスによって、目が見えなくなった三日の間、パウロは沈黙の中で考え続けました。自分は「正しさ」を守るために「愛」を見失っていたのではないかと。神のために人を裁くことが、神を傷つけていたのではないか。やがて彼は悟るのです、自分が倒されたのは罰ではなく、再び立ち上がらせるための愛の手だったのだと。 あの友人のように、誰かを「励ます」つもりで「裁く」ことがある。パウロもまた、信仰という名の正義で人を傷つけてきた。けれど神は、そんな彼を責めずに光で包み「わたしを迫害するのか?」と優しく問いかけたのです。 その時パウロは考えた:「主イエスは、実は自分が傷つけてきた人々の中におられたのではないか」と。
《祈り》主よ、私たちは、知らぬ間に自分の「正しさ」によって誰かを傷つけてしまうのです。あなたはそんな私に言われるのです「なぜわたしを迫害するのか」と。あなたがパウロを倒し立ち上がらせたように、私を正しさよりも、愛を選ぶ者とならせてください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
「力は弱さの中で完全に現れるのだ」 (コリントの信徒への手紙二12章9節)
ある人が病気で入院したとき、友人がこう言いました。「神さまはきっとあなたを強くするためにこの試練を与えられたんだよ」。信仰的な励ましのつもりでしたが、その人は嘆きました。「私は強くなりたいわけじゃない。ただ、もう少し楽になりたいだけ」と。その友人はハッとしました。「励ますつもり」が「裁き」になってしまうことがあるのだと。 サウロ(のちのパウロ)は、神のためにと信じていた。律法を守り、清く生き、間違った信仰を正すことが自分の使命だと信じていた。けれども、ダマスコへの道で彼を照らした光の中から聞こえた声「サウロ、なぜわたしを迫害するのか」その一言が、彼の世界をひっくり返しました。 「なぜ“わたし"なのか?」彼が迫害していたのは人間、イエス・キリストを信じる者たちでした。だがイエスさまは、その彼らを「わたし」と呼ばれたのです。つまり、パウロが敵と見なしていた者たちの中に、イエスさまご自身が共におられたのだ。主イエスによって、目が見えなくなった三日の間、パウロは沈黙の中で考え続けました。自分は「正しさ」を守るために「愛」を見失っていたのではないかと。神のために人を裁くことが、神を傷つけていたのではないか。やがて彼は悟るのです、自分が倒されたのは罰ではなく、再び立ち上がらせるための愛の手だったのだと。 あの友人のように、誰かを「励ます」つもりで「裁く」ことがある。パウロもまた、信仰という名の正義で人を傷つけてきた。けれど神は、そんな彼を責めずに光で包み「わたしを迫害するのか?」と優しく問いかけたのです。 その時パウロは考えた:「主イエスは、実は自分が傷つけてきた人々の中におられたのではないか」と。
《祈り》主よ、私たちは、知らぬ間に自分の「正しさ」によって誰かを傷つけてしまうのです。あなたはそんな私に言われるのです「なぜわたしを迫害するのか」と。あなたがパウロを倒し立ち上がらせたように、私を正しさよりも、愛を選ぶ者とならせてください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/

