手のひらを太陽に

「神が光の中におられるように、私たちが光の中を歩むなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。」 (ヨハネの手紙一1章7節)
『手のひらを太陽に』作詞者の やなせたかしさん と言えば『アンパンマン』作者として知られていますが、戦争に出征して、仲間が血を流して死んでいく経験をしたのちに、40代の頃は仕事が不安定で「お金もない、仕事もない、居場所もない」と追い詰められた時期があったそうです。 暗い部屋に一人、鬱々とした気分で落ち込んでいた時、冷たい手を電気スタンドにかざした瞬間、指の間から赤い血が透けて見えた。「血が流れている!」と気付きました。その瞬間に、「生きている」と実感し、自然の恵みや、周りの人たちに「生かされている」ことに気が付いたのです。それがエネルギーとなり『手のひらを太陽に』の歌詞が誕生したそうです。 「生きているから歌うんだ」「生きているから悲しいんだ」。  まさに血は「いのち」を象徴します。イエスさまが十字架に架かり血を流していのちを捧げられましたが、十字架の血は、救いと同時に「新しい命の始まり」を意味します。 生きていると感じるのは、喜んでいるときだけではありません。悲しみや痛み、心の傷さえも、私たちが確かに「生きている」という証しです。涙がこぼれるのは、心が動いているから。胸が痛むのは、誰かを愛し、誰かを失い、誰かに裏切られ、それでもなお、人とつながって生きている、という証しなのです。 イエスさまは、悲しみも、痛みも、裏切りも味わわれたお方です。「あなたの、その痛みの中にも私はいる」と語りかけてくださいます。キリストの十字架の血は私たちが生きていることそのものを肯定し、痛みの中にも意味があり、希望が生まれることを教えてくれるのです。
《祈り》主よ、私の手のひらには血が流れています。おなじようにイエスさまの手のひらに流れていた、その血が流されたことによって、私たちは生かされています。手のひらを太陽にかざすとき、その恵みを思い起こさせてください。
牧師 和田一郎
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