口よりも手の人

「子たちよ、言葉や口先だけではなく、行いと真実をもって愛そうではありませんか。」 (ヨハネの手紙一 3章18節)
 明治の俳人、正岡子規は、親しい友人から次のように評されました。「無邪気な人を愛する。謙虚な人を愛する。研究的に学んで行く人を愛する。そして、口よりも手の人を愛する」 子規は、頭の中で作られた美しい理想ではなく、「今ここにある現実」を見つめることを大切にしました。それを「写生」と言いました。現実をそのまま受け取り、その中に真実を見出そうとしたのです。その子規の生活の中で、ある情景があります。病に倒れ、床に伏していた子規を看病をしていたのは母と妹でした。本来は男の仕事である薪割りを、寒い戸外で「いもうと一人」が担っている。その音が、病床にいる子規の耳に届きます。 「薪をわる いもうと一人 冬籠(ふゆごもり)」 暖かな部屋で冬ごもりしている自分。外で懸命に働く妹。その対比の中に、申し訳なさと同時に、深い愛情がにじみ出ています。妹は、ただ黙って兄のために手を動かしていたのです。まさに「口よりも手の人」の姿があります。 聖書もまた、「口先だけではなく、行いをもって愛し合おう」と語ります。聖書の語る愛とは、思っているだけに留まりません。それは必ず、具体的な形をとって現れるものです。誰かのために手を動かすこと、時間を割くこと、労を担うこと。その一つ一つが、愛の姿です。むしろ、言葉がなくても、そこに行いがあるならば、愛は確かに存在しているのです。神は御子イエス・キリストをこの世に遣わし、その命をもって私たちを愛してくださいました。目に見えない愛を、目に見える形で示してくださったのです。 「口よりも手の人を愛する。」この言葉は、信仰生活への問いかけでもあります。私たちの愛は、言葉だけにとどまっていないでしょうか。主は今日も、私たちを「行いと真実をもって愛する者」として、この世界へと遣わしておられます。
《祈り》愛なる神さま。言葉だけで終わる愛ではなく、行いをもって人を愛する者としてください。日々の小さな働きの中に、あなたの愛をあらわすことができますように。
牧師 和田一郎
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