人に寄り添う
「神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに耐え忍び、不満を抱くことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。さらに、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛はすべてを完全に結ぶ帯です。」 (コロサイの信徒への手紙3章12-14節)
ホルヘ・ベルゴリオ――それは、後に教皇フランシスコとなる人が、アルゼンチンで枢機卿として働いていたころの名前です。当時、ベルゴリオのそばで働いていたのが、27歳の若い報道官ワルスさんでした。彼は大学を出たばかりで、特に仕事のあてもなく、広報の経験もまったくありませんでした。たった一通の推薦状を手に面接に来た彼を、ベルゴリオはあたたかく迎え入れ採用したのです。働き始めてしばらくしたある日、ベルゴリオは「ぜひ家族に会いたい」と言って、ワルスさんの家を訪ねてきました。 敬虔なカトリック信者である奥さんのマリアは、「そんな偉い方が家に来るなんて」と、とても緊張してしまい、言葉も出ないほどでした。するとベルゴリオは、ニコっといたずらっぽく笑って、こんなふうに話しかけました。「マリア、君たちはケンカして、お皿を投げ合うことなんてあるかい?」 思いがけない質問に、マリアは戸惑いながらも正直に答えます。「ときどきケンカはします。」するとベルゴリオは「それはいいことだ。もし一度もケンカをしたことがないと言われたら、私は信じなかっただろうね。ケンカするのは当たり前なんだよ。ケンカをしない夫婦のほうが、むしろ心配だ。大切なのは、そのあとでちゃんと仲直りすることだよ。」(『新生バチカン 教皇フランシスコの挑戦』) ベルゴリオは、いつもこんなふうに人に寄り添う方でした。後に教皇フランシスコとなり2025年4月に逝去されましたが、彼の人柄はブエノスアイレスの市民たちが一番よく知っている――そんなふうに言われるのも、うなずけるエピソードです。「愛はすべてを完全に結ぶ帯です」まさにその福音を、この話は語っています。
《祈り》愛なる神さま。どうか私たちにも、人に寄り添う賜物をお与えください。私たちの家庭に、教会に、あなたの愛が帯のように結びつき、交わりが築かれますように。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
ホルヘ・ベルゴリオ――それは、後に教皇フランシスコとなる人が、アルゼンチンで枢機卿として働いていたころの名前です。当時、ベルゴリオのそばで働いていたのが、27歳の若い報道官ワルスさんでした。彼は大学を出たばかりで、特に仕事のあてもなく、広報の経験もまったくありませんでした。たった一通の推薦状を手に面接に来た彼を、ベルゴリオはあたたかく迎え入れ採用したのです。働き始めてしばらくしたある日、ベルゴリオは「ぜひ家族に会いたい」と言って、ワルスさんの家を訪ねてきました。 敬虔なカトリック信者である奥さんのマリアは、「そんな偉い方が家に来るなんて」と、とても緊張してしまい、言葉も出ないほどでした。するとベルゴリオは、ニコっといたずらっぽく笑って、こんなふうに話しかけました。「マリア、君たちはケンカして、お皿を投げ合うことなんてあるかい?」 思いがけない質問に、マリアは戸惑いながらも正直に答えます。「ときどきケンカはします。」するとベルゴリオは「それはいいことだ。もし一度もケンカをしたことがないと言われたら、私は信じなかっただろうね。ケンカするのは当たり前なんだよ。ケンカをしない夫婦のほうが、むしろ心配だ。大切なのは、そのあとでちゃんと仲直りすることだよ。」(『新生バチカン 教皇フランシスコの挑戦』) ベルゴリオは、いつもこんなふうに人に寄り添う方でした。後に教皇フランシスコとなり2025年4月に逝去されましたが、彼の人柄はブエノスアイレスの市民たちが一番よく知っている――そんなふうに言われるのも、うなずけるエピソードです。「愛はすべてを完全に結ぶ帯です」まさにその福音を、この話は語っています。
《祈り》愛なる神さま。どうか私たちにも、人に寄り添う賜物をお与えください。私たちの家庭に、教会に、あなたの愛が帯のように結びつき、交わりが築かれますように。
牧師 和田一郎
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