幸運なハンス

「人が全世界を手に入れても、自分の命を損なうなら、何の得があろうか。」 (マルコによる福音書8章36節)
 グリム童話『幸運なハンス』は不思議な物語です。七年間まじめに働いたハンスは、主人に「故郷へ帰りたいので、お給金をください」と頼みました。主人は、大きな金塊をくれたので、ハンスはそれを肩にかついで故郷へ歩き始めました。 しばらく行くと、馬に乗った男に出会いました。ハンスは馬なら楽に進めるし、速いので「馬のほうがいいな」と思い、金塊を馬と交換してもらいました。ハンスは「なんて自分は運がいいんだろう」と喜びました。ところが、馬に振り落とされ、溝に落ちてしまいます。そこへ牛を連れた農夫が通りかかり「牛ならゆっくりだし、牛乳も飲める」と思ったハンスは馬を牛と交換しました。しかし、のどが渇いて牛の乳を絞ろうとすると、怒った牛に蹴られてしまいます。そこへ子ブタを連れた肉屋が通り「この牛は年を取っていて乳は出ないぞ。」と、「それなら子ブタのほうがいい」と思い、牛を子ブタと交換しました。 その後、ある人に「そのブタは盗まれたものかもしれない」と言われ、怖くなったハンスは、子ブタをガチョウと交換し、さらに、ハサミ研ぎ屋から「砥石があればお金に困らない」と聞くと、ガチョウを重い砥石と交換しました。重い砥石を持って泉で水を飲もうと身をかがめた時、砥石は泉の中に落ちてしまった。重い荷物はさっぱり消え、心が軽くなったハンスは大声をあげた。「おいらみたいに運のいい人間は、この世の中にまたといないぞ!」と言って、踊るような足取りで故郷に帰っていった。 『幸運なハンス』の話は、ドイツ人に愛されている傑作だと言われているそうです。この話の肝は、ハンスがどんどん貧しくなっていくのに、ハンス自身は「自分は運がいい」と思うところです。どの交換も損をしているのに、彼は得をしていると思って喜んでいる。そういう不思議さが物語の面白さになっているのです。 イエスさまは「全世界を手に入れても、自分の命を失ったら何になるのか」と語られました。大切なのは、どれだけ所有したかではなく、どこへ帰るのか、誰のもとに帰るのかということです。神のもとへ帰る道を知る人は、重荷を下ろした時にこそ、本当の喜びを知るのかもしれません。
《祈り》神さま。私たちは多くのものを持つことで安心し、豊かになれると思いがちです。しかし主よ、不要なものを取り去ってください。抱え込んでいる欲深さから解放し、疲れた心を軽くしてください。
牧師 和田一郎
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