“歴史の鏡” と “経験の鏡”

「これまでに書かれたことはすべて、私たちを教え導くためのものです。」 (ローマの信徒への手紙15章4節)
 ドイツ初代宰相ビスマルクは、「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」という言葉を残しました。自分の経験だけを頼りに生きる人は、同じ失敗を繰り返しやすい。しかし賢い人は、他人の成功や失敗、歴史上の人々から学び、自分の人生に活かしていくという意味です。もちろん、自分自身の経験は大切です。実際に痛みを味わり、悩み、失敗し、喜びを知ることで人は深く成長します。しかし私たち一人の経験には限界があります。人生は短く、経験できる範囲も限られています。だからこそ、人は「自分以外の人生」から学ぶ必要があるのです。 聖書はまさに、そのために与えられた書物です。パウロは、「これまでに書かれたことはすべて、私たちを教え導くためのものです」と語りました。聖書には、信仰の英雄だけでなく、弱さを抱えた人々の姿も数多く記されています。アブラハムの迷い、モーセの怒り、ダビデの罪、ペトロの失敗――それらは単なる昔話ではありません。現代を生きる私たちの「鏡」です。人間は時代が変わっても、本質はあまり変わりません。恐れ、欲望、傲慢、そして愛や希望。だからこそ、聖書の人々の歩みは、今を生きる私たちに語りかけてきます。歴史を学ぶとは、単に知識を増やすことではありません。「同じ罪を繰り返さないため」に、罪人である私たちは学ぶのです。そしてまた「苦しみの中でも神が共におられた」という希望を受け継ぐことでもあります。私たちは、自分一人の経験だけで生きる必要はありません。神は聖書を通して、数え切れない人々の人生を私たちに示し、「ここから学びなさい」と語っておられるのです。
《祈り》主なる神さま、あなたは聖書を通して、歴史を生きた人々の姿を示してくださいました。成功も失敗も、喜びも涙も、すべてを通してあなたが導いてこられたのです。この世界は歴史に学ぶことなく、同じ悲しみを繰り返してしまう人間の愚かさがあります。どうか私たちが、過去の声に耳を傾け、平和を作る者として歩むことができますように。
牧師 和田一郎
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