信仰は賭けだ!

「信仰とは、望んでいる事柄の実質であって、見えないものを確証するものです。」 (ヘブライ人への手紙11章1節)
 医師ポール・トゥルニエは、病気だけを見るのではなく、患者を丸ごと理解する「人格医学」を提唱し、医学とキリスト教的人間観を統合させた全人的な医療で知られています。しかし晩年、五十年間連れ添った妻を失い、深い孤独の中にありました。講演活動は続けていましたが、家に帰れば誰もいない。心は少しずつ閉じていきました。 そんな時、地中海クルーズで共に講師を務めたピアニスト、コリンヌ・オマラと出会います。互いに惹かれ合い、やがて結婚を考えるようになりました。しかし彼は八十六歳。息子は遺産相続のこともあり猛烈に反対しました。自身の年齢への不安もありました。結婚しても何年共に生きられるか分からない。失敗するかもしれない。傷つくかもしれない。さまざまな恐れが心を支配しました。その時、彼の心に一つの声が響きます。「恐れはいつも悪い助言者だ。」そして彼はパスカルの言葉「信仰は賭けである」を思い出しました。そうだ「愛も賭けだ」と。 もちろん、ここでいう賭けとは無謀な冒険ではありません。結果が見えない中で、なお信頼して一歩を踏み出す決断です。将来が保証されているから信じるのではありません。神が共におられることを信じるから進むのです。考えてみれば、私たちの人生でも本当に大切なものは、すべてこの「信仰の賭け」を伴いますね。結婚もそうです。子育てもそうです。新しい仕事への挑戦もそうです。誰かを愛することもそうです。未来が分かっているなら、そこに信仰は必要ありません。 アブラハムも、行き先を知らされないまま神に従って旅立ちました。ペトロも、嵐の湖の上でイエスの言葉だけを頼りに舟から降りました。彼らは成功が保証されていたからではなく、神を信頼したから歩き出したのです。 トゥルニエは結婚を決意しました。結果として二年半という短い結婚生活でした。しかし二人はその期間を「本当に幸福だった」と語りました。もし恐れに従っていたなら、その喜びを味わうことはなかったでしょう。信仰の賭けをした人だけが、神が備えておられた恵みと平安を知ることができるのです。
《祈り》神さま、私たちは先の見えない人生を歩んでいます。傷つくことを恐れ、踏み出せなくなることがあります。アブラハムがあなたの約束を信じて旅立ったように、ペトロが主イエスの言葉を信じて舟を降りたように、私たちが、見えるものではなく、見えないあなたを信じて歩む者としてください。
牧師 和田一郎
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