語呂合わせで、教える神
「主の言葉が私に臨んだ。『エレミヤよ、何が見えるか。』私は答えた。『アーモンドの枝が見えます。』主は私に言われた。『あなたの見たとおりだ。私は、私の言葉を実現するために見張っている。』」 (エレミヤ書1章11-12節)
神奈川県随一の大きさを誇り、県の中央を流れる相模川。山中湖を水源として、丹沢山地をグルっと時計回りに流れ、山梨県側では桂川と呼ばれ、神奈川県に入ると相模川となり、相模湾へと注がれます。相模川は古くは「鮎河(あゆかわ)」と呼ばれていたほど、鮎が獲れたそうです。相模川で育った鮎は身が締まって香りがよいことから将軍家に献上していました。地名に愛甲(あいこう)とありますが、かつては「あゆかわ」と読んでいました。明治時代に田代村と半原村が合併して愛川村が生まれましたが、昔から鮎漁が盛んだったので「鮎河(あゆかわ)」と語呂を合わせて「愛川(あいかわ)」となり、今の愛川町になっているそうです。(『相模川歴史ウォーク』前川清治) 聖書にも、語呂を合わせたユニークなシーンがあります。エレミヤ書1章で、神は若いエレミヤに「何が見えるか」と尋ねます。エレミヤが「アーモンドの枝が見えます」と答えると、神は「私は自分の言葉を実現するために見張っている」と告げられます。 ヘブライ語で、アーモンドは「シャーケード」、見張っているは「ショーケード」。日本語にすれば、「アーモンド(シャーケード)を見ましたね。私も、私の言葉を(ショーケード)見張っているよ」というダジャレのようなやり取りです。神は、目に見える枝と、耳に残る言葉の響きを結びつけて、ご自分の約束を必ず果たすと教えられたのです。 この言葉はエレミヤを支えたでしょう。人々が耳を貸さず、自分の語る言葉がむなしく思える日にも、神は「私は見ている。私の言葉を放っておかない」と語りかけておられるからです。アーモンドを見たら、神の言葉を思い出そう。神は今も(ショーケード)――ご自分の言葉を見張っておられます。
《祈り》天の父なる神様。あなたは、ご自分の言葉を見守り、必ず成し遂げられるお方です。先の見えない時には、あなたが語られた言葉を思い起こし、信頼して待つ力をお与えください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
神奈川県随一の大きさを誇り、県の中央を流れる相模川。山中湖を水源として、丹沢山地をグルっと時計回りに流れ、山梨県側では桂川と呼ばれ、神奈川県に入ると相模川となり、相模湾へと注がれます。相模川は古くは「鮎河(あゆかわ)」と呼ばれていたほど、鮎が獲れたそうです。相模川で育った鮎は身が締まって香りがよいことから将軍家に献上していました。地名に愛甲(あいこう)とありますが、かつては「あゆかわ」と読んでいました。明治時代に田代村と半原村が合併して愛川村が生まれましたが、昔から鮎漁が盛んだったので「鮎河(あゆかわ)」と語呂を合わせて「愛川(あいかわ)」となり、今の愛川町になっているそうです。(『相模川歴史ウォーク』前川清治) 聖書にも、語呂を合わせたユニークなシーンがあります。エレミヤ書1章で、神は若いエレミヤに「何が見えるか」と尋ねます。エレミヤが「アーモンドの枝が見えます」と答えると、神は「私は自分の言葉を実現するために見張っている」と告げられます。 ヘブライ語で、アーモンドは「シャーケード」、見張っているは「ショーケード」。日本語にすれば、「アーモンド(シャーケード)を見ましたね。私も、私の言葉を(ショーケード)見張っているよ」というダジャレのようなやり取りです。神は、目に見える枝と、耳に残る言葉の響きを結びつけて、ご自分の約束を必ず果たすと教えられたのです。 この言葉はエレミヤを支えたでしょう。人々が耳を貸さず、自分の語る言葉がむなしく思える日にも、神は「私は見ている。私の言葉を放っておかない」と語りかけておられるからです。アーモンドを見たら、神の言葉を思い出そう。神は今も(ショーケード)――ご自分の言葉を見張っておられます。
《祈り》天の父なる神様。あなたは、ご自分の言葉を見守り、必ず成し遂げられるお方です。先の見えない時には、あなたが語られた言葉を思い起こし、信頼して待つ力をお与えください。
牧師 和田一郎
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