マイケル・ジャクソンという巨像

「イエスは、何が人の心の中にあるかをよく知っておられたのである。」 (ヨハネによる福音書2章25節)
 マイケル・ジャクソンの映画『Michael/マイケル』が公開されました。亡くなって十七年が経った今も、唯一無二。「キング・オブ・ポップ」は健在だと思いました。少年時代、その圧倒的な美しい歌唱力は小学校の学芸会で、友だちが涙を流すほどだった。その息子の才能を知った父は、家族で貧しい生活から抜け出そうと考え、兄弟でバンドを組み、時にはマイケル少年をベルトで叩いてまで厳しいレッスンと興行を続けたのです。後に「ボクには少年時代はなかった」と言うほど、歪んだ環境の中で育ち、スターへと駆け上がりました。 マイケルが活躍した時代は、MTVをはじめとする映像メディアが急速に発展した時代。音楽だけではなく、映像とイメージがスターを生み出す時代の波に乗って、人々の熱狂が彼を頂点へと押し上げました。しかし、その熱狂はやがてスキャンダルを追い求め、人々の関心は賞賛から、マイケルの特異な世界観に対する好奇の眼差しへと移ります。晩年は、自分で築き上げた「マイケル・ジャクソンという巨像」をコントロールしきれなくなってしまった。あの素晴らしいエンターテイメントは最期まで色褪せることはありませんでしたが、メディアのちからでスターになり、メディアのちからが苦悩の一因になってしまったようです。 聖書には、イエスさまもまた多くの人々から歓迎されたことが記されています。しかし「イエスご自身は、彼らを信用されなかった。」(ヨハネ福音書2:24)とあります。イエスさまは、人の心が移ろいやすいことをご存じだったからです。歓声を送る群衆も、やがて背を向けることがある。主イエスは人々の評価ではなく、父なる神のみこころに従って歩まれました。人はうわべや実績を見ますが、神は私たちの心をご覧になります。その確かな御心の中に生きるとき、私たちは本当の自由を見いだすことができるのです。
《祈り》天の神さま、あなたはいつも私たちの心をご存じです。どうか、あなたの御心を求めて歩ませてください。その歩みを通して、自由と平安を与えてください。
牧師 和田一郎
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