優しい風を起こす人
「見よ、私は新しいことを行う。今や、それは起ころうとしている。あなたがたはそれを知らないのか。確かに、私は荒れ野に道を 荒れ地に川を置く。」 (イザヤ書43章19節)
連続テレビ小説『風、薫る』の主人公の一人、一ノ瀬りんには、人の命を助けたいと思う原体験がありました。育った村でコレラが流行した。幼なじみの虎太郎の母も倒れ病院へと運ばれた。りんは感染を恐れるあまり、落ち込む虎太郎の手を握ることができなかった。 のちに「手を握ればよかった。私は間違えた」と父、信右衛門に打ち明けると父は静かに言った。「正しいとは難しいのう・・・人は間違える。だが、過ちに気づいて改めないことこそが過ちだ。」と。父は、失敗を新しい一歩に変える道があることを教えてくれた。しかし、その父もコレラに感染し、最期に娘へ「生きろ。お前はきっと、優しい風をおこせる」と言い残して息を引き取りました。やがて、りんは看護師の道を歩んでいきます。 この物語は実話をもとにしています。1886年、看護婦養成所の一期生6人は全員がクリスチャンでした。りんのモデルとなった大関和をはじめ、明治時代に看護の道を切り拓いた女性たちはクリスチャンでした。人々の痛みに寄り添う「新しい風」は、こうした人々の献身によって日本中へと広がっていったのです。 イザヤ書43章は、絶望の中にあったイスラエルの民に語られた希望の言葉です。「荒れ野に道を、荒れ地に川を置く」とは、人には道がないと思えるところにも、神が新しい未来を切り開いてくださるという約束です。その「新しいこと」は、特別な才能を持つ人だけに託されるのではありません。失敗を悔い、神に立ち返り、新しく歩み始める人を通して、神は新しい風を吹かせてくださるのです。ですから私たちも、過去の後悔に縛られる必要はありません。神様は今日も、私たち一人ひとりを用いて、誰かを励まし、支え、慰める「優しい風」をこの世界に送り出してくださるのです。
《祈り》天の父なる神様。あなたは「見よ、私は新しいことを行う」と約束してくださるお方です。新しいこと。つまり傷ついている人の手を取り、悲しむ人に「優しい風」を届ける者へとなれますように。今日という一日が、あなたの新しいみわざの始まりとなりますように。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
連続テレビ小説『風、薫る』の主人公の一人、一ノ瀬りんには、人の命を助けたいと思う原体験がありました。育った村でコレラが流行した。幼なじみの虎太郎の母も倒れ病院へと運ばれた。りんは感染を恐れるあまり、落ち込む虎太郎の手を握ることができなかった。 のちに「手を握ればよかった。私は間違えた」と父、信右衛門に打ち明けると父は静かに言った。「正しいとは難しいのう・・・人は間違える。だが、過ちに気づいて改めないことこそが過ちだ。」と。父は、失敗を新しい一歩に変える道があることを教えてくれた。しかし、その父もコレラに感染し、最期に娘へ「生きろ。お前はきっと、優しい風をおこせる」と言い残して息を引き取りました。やがて、りんは看護師の道を歩んでいきます。 この物語は実話をもとにしています。1886年、看護婦養成所の一期生6人は全員がクリスチャンでした。りんのモデルとなった大関和をはじめ、明治時代に看護の道を切り拓いた女性たちはクリスチャンでした。人々の痛みに寄り添う「新しい風」は、こうした人々の献身によって日本中へと広がっていったのです。 イザヤ書43章は、絶望の中にあったイスラエルの民に語られた希望の言葉です。「荒れ野に道を、荒れ地に川を置く」とは、人には道がないと思えるところにも、神が新しい未来を切り開いてくださるという約束です。その「新しいこと」は、特別な才能を持つ人だけに託されるのではありません。失敗を悔い、神に立ち返り、新しく歩み始める人を通して、神は新しい風を吹かせてくださるのです。ですから私たちも、過去の後悔に縛られる必要はありません。神様は今日も、私たち一人ひとりを用いて、誰かを励まし、支え、慰める「優しい風」をこの世界に送り出してくださるのです。
《祈り》天の父なる神様。あなたは「見よ、私は新しいことを行う」と約束してくださるお方です。新しいこと。つまり傷ついている人の手を取り、悲しむ人に「優しい風」を届ける者へとなれますように。今日という一日が、あなたの新しいみわざの始まりとなりますように。
牧師 和田一郎
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