何ももたずに行きなさい

「イエスは、十二人を呼び寄せ、二人ずつ遣わすことにされた。その際、汚れた霊を追い出す権能を授け、次のように命じられた。旅には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中に金も持たず、ただ履物は履くように、そして『下着は二枚着てはならない』と。」 (マルコによる福音書6章7-9節)
 「裸の大将」として知られる画家、山下清(1922-1971年)は、放浪の旅に画材を持って行かなかったといいます。持ち物はごくわずか。茶碗や箸、手ぬぐい、着替え、そして犬にほえられた時の用心のための石コロだけでした。彼は旅先でほとんど絵を描きませんでした。気になる風景があればじっと見つめ、それを驚くほど正確に記憶し、後になって貼り絵にしました。駅などで夜を過ごしながら各地を歩き、近くで花火大会があると聞けば、そこへ足を向けたそうです。その一つが新潟県長岡市でした。 長岡は1945年8月1日の空襲によって多くの命が失われた町です。戦後、その鎮魂の思いから始まった花火が打ち上げられました。その光景を心に焼き付けて制作したのが、代表作《長岡の花火》です。漆黒の夜空に次々と開く大輪の花火。光が広がり、やがて無数の小さな星のようになって夜空へ消えていく。「日本のゴッホ」と呼ばれた力強い輝きが、貼り絵の中に描かれています。山下清自身も戦争の時代を生き、徴兵検査を受けましたが、兵役は免除されました。彼には、人を殺したくない、自分も殺されたくない、戦争は怖いという素朴な思いがありました。そして、こんな言葉を残しました。 「みんなが爆弾なんか作らないで、きれいな花火ばかり作っていたら、きっと戦争なんて起きなかったんだな~」そこには、素朴に本当に大切なものを見抜く眼差しがあります。 イエスさまは弟子たちを宣教へ送り出すとき、「何ももたずに行きなさい」と命じられました。それは物を持つことで自分を守ろうとするのではなく、神に信頼し、人の親切を受け取りながら歩きなさいということでした。何も持たなければ、不安になります。しかし、何も持たないからこそ、人の親切に気づき、目の前にあるものをよく見ることができます。山下清は画材さえ持たずに歩きました。しかし、その目には風景が焼き付きました。弟子たちもまた、パンも金も余分な着替えも持たずに歩きました。しかし、その手には、イエスさまから託された福音がありました。
《祈り》神さま、私たちは多くのものを握りしめ、それによって安心しようとします。どうか余分なものを手放し、あなたを信頼して歩むことができますように。目の前にある恵み、小さな親切に気づく目を与え、平和をつくるために用いてください。
牧師 和田一郎
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