プリスキラとアキラ

「キリスト・イエスにあって私の協力者であるプリスカとアキラによろしく。命懸けで私を守ってくれたこの二人に、私だけでなく、異邦人のすべての教会が感謝しています。また、彼らの家の教会にもよろしく。私の愛するエパイネトによろしく。彼は、アジアの初穂としてキリストを信じた人です。」(ローマ16:3−5)。
 コリントでのパウロの宣教を支えた夫婦がいました。紀元五十二年頃、皇帝クラウデオは全てのユダヤ人をローマから追放するという勅令を出しました。この時にローマからコリントにやってきたのがアキラとプリスキラ夫婦でした。 パウロはコリントで一年半にわたり御言葉を教え続け、彼らはそのパウロを支えたのです。想像ですが初代教会の最も偉大な聖書教師による十八ヶ月の集中聖書講義です。アキラとプリスキラは、どれほど恵まれたことでしょうか!  ところで、この夫婦、いつも二人の名前が仲良く一緒に出て来るのですが、聖書に六回、彼らの名前が出てくる中で、その内の四回、妻プリスキラの名が先に出てくるのです。男性中心の当時として異例なことでした。 では、どうして順序が入れ替わったのでしょうか?ある人は、プリスキラのほうが賜物に恵まれ、それ故に目立った役回りが多かったからだと説明します。けれども、それだけでしょうか? この夫婦はどちらが上か下かではなく、それぞれのあるがままを受け入れ、愛し合っていたのだと思います。神さまが自分をあるがままに愛してくださっているので、相手をそのままで愛そうと努めていた。その結果、仮に妻が自分より能力があっても、それに違和感を覚えることからも自由でした。逆に、賜物を妻に与えた神さまをほめたたえて生きたのがアキラだったのだと思うのです。 まさにパウロが教えた恵みの道を夫婦共々歩むことができたのです。 あなたのところはいかがですか?
いってらっしゃい。
牧師 松本雅弘
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