祈りなさい
「私はぶどうの木、あなたがたはその枝である。」 (ヨハネによる福音書15章5節)
ある青年が初めて祈り会に参加した。牧師の説教のあと、順番にみんなが祈ることになった。その青年はそれまで一度も祈ったことがなかったので困りました。ついに青年の順番になって逃げようか、人の真似をしてみようかと迷ったあげく、とにかくしゃべってみた。「神さま、今晩ここに来ることができてありがとうございました。もとい!初めてですので、何もわかりません。アーメン。」すると、すこし間をおいて同席していた人たちは、こらえきれずにドッと笑いました。この青年は、その真っ直ぐな性格で神さまと向き合いました。その後、牧師として多くの人々を信仰に導いていきました。 神さまは、私たちの祈りに興味をもっておられます。なぜなら、私たちに興味があるからです。私たちが大切に思っていることを大切に思い、私たちが心を痛めていることに、心を痛める方です。ですから、私たちが叶えて欲しいという願いがあるのでしたら、そのために断食をしたり、苦行をして自分を痛めつける必要はありません。神さまは、ただ「祈りなさい」と呼び掛けてくださいます。 「さあ、私のところに来て話しなさい。私はあなたに関心があるのですよ。あなたが気になっていることを、すべて話してください。私はあなたの父なのだから、子の考えていること、感じていることを知りたいのです。だから話してほしい。教えて欲しい。何が嬉しくて、何が悲しくて、何に辛いと感じるのかを」 祈りというのは、神さまと継続した交わりを持ち続ける方法です。神さまとの絆を強める手段です。神さまとの絆がしっかりとしていれば、多くの実を結ぶのです。 「私につながっていなさい。私もあなたにつながっている。」(ヨハネ福音書15:4)
《祈り》主よ、どのようにしてあなたと繋がることができるのか、分かりませんでした。あなたが遠い存在に思えたからです。「祈る」ことは、繋がっているということですね。祈ることで繋がれるのですね。祈ることで大きな実を結ぶ、それを信じて祈ります。
牧師 和田一郎
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発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
ある青年が初めて祈り会に参加した。牧師の説教のあと、順番にみんなが祈ることになった。その青年はそれまで一度も祈ったことがなかったので困りました。ついに青年の順番になって逃げようか、人の真似をしてみようかと迷ったあげく、とにかくしゃべってみた。「神さま、今晩ここに来ることができてありがとうございました。もとい!初めてですので、何もわかりません。アーメン。」すると、すこし間をおいて同席していた人たちは、こらえきれずにドッと笑いました。この青年は、その真っ直ぐな性格で神さまと向き合いました。その後、牧師として多くの人々を信仰に導いていきました。 神さまは、私たちの祈りに興味をもっておられます。なぜなら、私たちに興味があるからです。私たちが大切に思っていることを大切に思い、私たちが心を痛めていることに、心を痛める方です。ですから、私たちが叶えて欲しいという願いがあるのでしたら、そのために断食をしたり、苦行をして自分を痛めつける必要はありません。神さまは、ただ「祈りなさい」と呼び掛けてくださいます。 「さあ、私のところに来て話しなさい。私はあなたに関心があるのですよ。あなたが気になっていることを、すべて話してください。私はあなたの父なのだから、子の考えていること、感じていることを知りたいのです。だから話してほしい。教えて欲しい。何が嬉しくて、何が悲しくて、何に辛いと感じるのかを」 祈りというのは、神さまと継続した交わりを持ち続ける方法です。神さまとの絆を強める手段です。神さまとの絆がしっかりとしていれば、多くの実を結ぶのです。 「私につながっていなさい。私もあなたにつながっている。」(ヨハネ福音書15:4)
《祈り》主よ、どのようにしてあなたと繋がることができるのか、分かりませんでした。あなたが遠い存在に思えたからです。「祈る」ことは、繋がっているということですね。祈ることで繋がれるのですね。祈ることで大きな実を結ぶ、それを信じて祈ります。
牧師 和田一郎
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