一箱のマッチ

「残りの日々を数えるすべを教え 知恵ある心を私たちに与えてください。」 (詩編90編12節)
 「人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは莫迦莫迒しい。重大に扱わなければ危険である。」と言ったのは作家、芥川龍之介です。(『侏儒の言葉』) 最近では、すっかりマッチを見ることが減りましたが、芥川は日々の生活で身近だったマッチに、人生の持つ二面性を見ています。一つは「人生を絶対視してはいけない」という思いです。芥川は、世間の評価をどこか冷めた目で見ていました。人間は自分の人生を大げさに意味づけますが、広い世界の中では、一人の人生は一箱のマッチほどの小さなものにすぎない。「重大に扱うのは莫迦莫迒しい」という言葉には、そのような皮肉があります。 しかし、もう一つは、「それでも人生は危険なほど重い」というものです。小さなマッチの火でも、家や森や命を焼き尽くします。同じように、小さな言葉が人を傷つけ、自分も傷つき人生を大きく変えてしまいます。人生には絶対的な意味を見いだせなくても、決して無造作には扱えない。それが「重大に扱わなければ危険である」という言葉でしょう。 芥川自身は、幼いころから母の精神的な病の影を背負い、自分もいつか精神を病むのではないかという恐れを抱いていました。晩年には心身の衰弱に苦しみました。人生を「重大に扱うのは莫迦莫迒しい」と言い放つところに、人生を笑い飛ばそうとする冷静さと、笑い飛ばすことのできない苦しさが同居しているようです。 詩編の作者は、「残りの日々を数えるすべを教えてください」と祈ります。それは、残された日数を計算することではなく、一日一日が神から与えられた、かけがえのない時であると知ることです。人生を深刻に扱いすぎずに、神に委ねて生きること。人生を軽く扱わずに、神から託された日々を大切に生きることです。 一箱のマッチから、私たちはどのような火を起こすのでしょうか。人を傷つけ、焼き尽くす火ではなく、誰かの心を温め、暗闇を照らす小さな光をともしたい。そのように今日を生きる知恵を、神さまに祈り求めたいと思います。
《祈り》神さま、限りある私たちの人生を必要以上に重く背負うことなく、あなたに委ねて歩ませてください。同時に、一日一日を軽んじず、感謝をもって大切に生きる者としてください。人の心を温め、小さな光となって生きる知恵をお与えください。
牧師 和田一郎
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