キリストを身にまとう
「主イエス・キリストを身にまといなさい。欲望を満足させようとして、肉に心を用いてはなりません。」(ローマ13:14) 人間は本来、裸で生まれてきました。言い換えれば全く無防備な状態で誕生したのです。ですから神の愛が彼ら […]
神、我を愛する。ゆえに我あり
「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」(マタイ3:17) 公生涯の最初、主イエスは、ヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けました。 その時、聖霊が降り、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が天 […]
神さまからコンパッション(思いやりの愛)が注がれているのだから
「主よ、わたしの心は驕っていません。わたしの目は高くを見ていません。大き過ぎることを、わたしの及ばぬ驚くべきことを、追い求めません。わたしは魂を沈黙させます。 わたしの魂を、幼子のように、母の胸にいる幼子のようにします。 […]
愛する者に眠りをお与えになる主
「主御自身が建ててくださるのでなければ/家を建てる人の労苦はむなしい。主御自身が守ってくださるのでなければ/町を守る人が目覚めているのもむなしい。 朝早く起き、夜おそく休み/焦慮してパンを食べる人よ/それは、むなしいこと […]
その日の苦労は、その日だけで十分
「あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなた方に必要なことをご存知である。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。 だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日 […]
「何故?」から「何を?」へ
「そこへアレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。」 (マルコ15:21) 主イエスが十字架にかかる金曜日の出来事です。十字架を […]
